9.マスター Master

D−28S カスタム(現在無し)

表面板:スプルース単板
側板・背面板:ローズウッド単板
指板:ローズウッド
ネック:マホガニー
 
使用アルバム:「オリオン
 
 マスターは、東京は神田小川町の老舗、カワセ楽器のハンドメイド・ギター。詳しい資料がないが、その歴史は相当古いらしく、おそらく国産フォークギターの先駆者ではないかと思われる。大手のギターブランドでは、モーリス(1966〜)やヤマハFG(1966〜)が最古らしいが、このマスターの歴史には及ばない。ネットで調べると、吉川忠英氏が17才の頃(1964)弾いていたギターもマスターだったという。他のプロにも愛好者が多く、一時代を築いた名ブランドである。
 私がこのマスターを購入したのは、1991年頃。ブルーグラス専門誌「ムーンシャイナー」の売買欄での情報からだった。安く譲ってもらったのが申し訳ないくらい、素晴らしく良く鳴るヴィンテージ・サウンドだった。元の持ち主さんに聞くと、1970年代初め頃、特注で作ってもらったとのことで、固有の型番はなかった。マーチンのD−28Sと全く同じ仕様で、12フレット接合の大きなギターだった。ボディー全体が心地よく震え、私はしばしこのギターに酔いしれた。
 その後、マスターのカタログ(ただしコピー)を見ると、「100H−S」という型番でほぼ同じ仕様のギターが出ていることがわかった。国産でこのタイプのギターを作っていたのは、マスターだけだという。
 
 音は文句の付けようがないくらい素晴らしかったが、ただし何しろ弾きづらかったのを覚えている。12フレット接合では、ハイポジションを使うことの多い私の曲の運指が厳しく、また指板も(オリジナルに厳格で)幅がかなり広かった。ヤマハの項でも述べたが、指板が広いと握力が余計に要ることになり、セーハの多い私のスタイルでは苦しいのだ。
 CD『海猫飛翔曲』(1995)の仮録音に少なからず用いられたものの、完全テイクには使われず、1995年に札幌に引っ越す際、借りた部屋が手狭だったこともあり、涙を飲んで手放した。現在は広い家を借りているので、かなうなら買い戻したいくらい、もったいなかった。
 このマスターを使った『海猫飛翔曲』のアウトテイク「ケタハタ(アイヌ民謡)」が、後のCD『オリオン』(2001)に使われたので、そこで実際の音を聞くことができる。興味のある方はご一聴を。
 
 カワセ楽器には、私は東京時代から今まで本当にお世話になっている。現在も、東京に行く際には必ず立ち寄っている(しかし、2003年3月のツアーでは、風邪をひいたりして時間がなく、ついに寄ることができなかった...またの機会に)。
 カワセ楽器は、これからも、日本のアコースティック・ギター界を見守り続けることだろう。

 

 

OM MODEL(現在無し)

表面板:スプルース単板
側板・背面板:ローズウッド単板
指板:黒檀
ネック:マホガニー
 
使用アルバム:「ザ・フェバリット(オムニバス)」「太陽の音楽」「Echoes From Otarunay Vol.1
 
...ライブ日記2006秋(DTR下見ツアー)より転載。
 
 この日の、ツアー最大のサプライズについてお話しします。
 TABギタースクールになかなか寄れなかったので、この日は少し早めに出てお土産を渡そうと思いました。その前に、ついでに立ち寄ったカワセ楽器。いつもは、預けているCDの在庫チェックをしてもらったりするのですが、この日はたまたま忙しかったのか、カワセさんは奥の方で作業に係り切り。
 ちょっと手持ちぶさたで、ショーウィンドウを眺めていると、いつもよりきらびやかな印象。

 カワセ楽器は日本のアコースティック・フラットトップ・ギターの草分けの一つ、「マスター Master」というモデルを今でも作り続けています。この日は、そのマスターの新作、ヴィンテージを含めたモデルが結構並んでいたのです。そこで、まだ時間もあることだし、久しぶりに目についたOMモデル(トップ:スブルース、サイド・バック:ローズウッド、ネック:マホガニー、指板・ブリッジ:黒檀、全単板)を弾かせていただくことにしました。

 手にしたら最後。...手放せなくなってしまいました。
 マスターはもともとマーチン・コピーの元祖みたいな伝統的なフォルムが売り物でしたが、最近のモデルはむしろヨーロピアン・テイストというか、例えばレイクウッドのような上品なスタイルを誇っています。このOMモデルもそんな感じでしたが、何しろ音に艶があり、音量も素晴らしく、私が気にしているネックの幅(私は狭い方が好み)も、ヤマハよりは若干広いですが違和感のないものでした。響きにサスティンもあり。私は、あまり長いサスティンはラグタイム曲の邪魔になると思って敬遠してきたのですが、その後私も精進して、ミュートのテクニックも少しは向上してきたつもりだし、コントロールのしやすいギターだと感じました。何よりも言葉にできない音の素晴らしさに、私は初めて自分からギターに合わせてみたいという気持ちになったのです。

 私は、1990年頃(?)、カワセ楽器にて、「マスター」と、当時復活していたキャッツアイのCE-150Vを弾き比べ、あろうことかキャッツアイの方を選んでしまった過去がありました。あの時、カワセさんには悪いことをしましたが、今こうして新しい進化したマスターを弾くと、そのリベンジが果たされた、という気持ちになってきました。

 お金が全然無いのに、即決・即金で購入。しかも、いつものピックアップ(ハイランダーIP-1)も取り付けてもらいました。持ってきたヤマハのS−51は、ツアーが終わる二日後に自宅着になるように送ってもらうことにしました。
 ああ、誰がこんな事態を予想したでしょうか。....

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 とまあ、こんな感じで唐突に手に入れたのですが、長年の酷使でボロボロになってきたヤマハS−51に取って代わり、現在ではあらゆる場面で私のメインギターとなっています。税抜き15万円と格安なのに良質な作りだし、音は太いし、弾けば弾いただけ応えてくれるという感覚は見事で、いろんな意味で素晴らしいギターです。

 
 ただ、唯一不満を言えば、どういうわけか製造番号がないこと。というか、実は、固有の「型番」(例えばマーチンの「D-28」、ヤマハの「FG-500」などに当たるもの)やニックネーム(例えばギブソンの「ハミングバード」など)もないようです(蛇足ながら、ヘッドにもご覧の通りインレイが全然なく、ぱっと見たらどこのギターかわからないくらいです)。
 「D-28S Custom」もそうでしたが、いつ何本目に作られたギターか、というのは後々参考になるロマンチックな情報ですし、さらに固有の型番や名称は歴史に名を残すためにはあった方が望ましいと思います。
 名前がなければ、私が勝手に名づけたりして。「Kawase Master OM "Ragtimer"」とかね。

 これからもこのギター、どんどん愛奏していきたいと思います。

追記(2022-5-26) NEW!!2016年、現在の愛器であるマーチンD-18を伊藤賢一くんから譲ってもらうため、資金工面の一環として、フィールズF-Cutawayのすぐ後でこのギターも手放しました。入手以来十年間、私と苦楽を共にしてきたメインギターの一つで、CD『ラグタイム・チルドレン』(2016)でもジャケット写真に採用していました。このギターと出会えたことを今でも思い出深く、誇らしく思っています。

 

TOP  ギター列伝インディックスへ戻る  HOME