ラグタイム名曲紀行(ギター編)(2003年1月17日更新)

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 ピアノ・ラグタイムの優れた名曲、埋もれた佳曲などをご紹介して好評をいただいている「ラグタイム名曲紀行」。このページでは、同じラグタイムの名曲でも、なぜか今までは触れていなかった「ギターによるラグタイムの名曲」について、つれづれなるままに書いていきたいと思います。なお、クラシック・ラグの編曲ものに限らず、ラグタイム・ブルースを含めたいろいろなギター・ラグが対象になります。

 これらの紹介文を通じて、新たにラグタイムへの関心が深まっていけばうれしいです(実は「紀行」は「聴こう」とかけているのです)。

 

★ ペッパー・アンド・ソルト・ミート・ラグ Pepper And Salt Meat Rag(1981)by 中川イサト

★ 七面鳥の散歩 Struttin'(1977)by Jerry Reed

★ ウエスト・コースト・ブルース West Coast Blues(1926)by Blind Arthur Blake

★ アンダー・ユア・ハート Keep It Under Your Heart(1985?)by Duck Baker NEW!!

★ ファロズ・ラグ Faro's Rag(197?)by John Renbourn

★ インサニティ・ラグ Insanity Rag(197?)by Dave Evans

 

 

★ ペッパー・アンド・ソルト・ミート・ラグ Pepper And Salt Meat Rag(1981)by 中川イサト

 私が一番最初に触れた中川イサトさんのアルバム『Homespun Music』(1981)の第一曲目です。
 中川イサトさんの曲は、大学(小樽商科大学)一年ころ、先輩を通じて知りました。それ以前は、ギターのラグはステファン・グロスマンのラグタイム・ブルースかジョン・レンボーンしか知らなかったのです。しかし、その先輩が「セブン・ブリッジ」や「OPUS 1310」をカッコよく演奏しているのを見て、日本人でこういうソロの曲を作っている人がいるということを初めて知ったのです。そこでギターの世界が、一気に私たち日本人にも身近なものになったような気がしました。
 その頃は、まだ私より先輩の方がギターが上手かったので、私もグロスマンの本で一生懸命練習しました。イサトさんの楽譜も欲しかったのですが、なかなか手に入らなくて楽譜屋さんに足しげく通った記憶があります。

 後に、イサトさんの『Homespun Music』を先輩に貸してもらい、いっぺんでファンになってしまいました。対位法やオープン・チューニングなどを使った緻密なアレンジ(「カステラ」「らぐーん」など)、快活なラグタイム(「Fickle Rag」「YASU-RAG」など)、そして日本人にしか表現できない少し寂しげな表情(「哀愁の千里山」「Flood Tide」など)に感動しました。

 そして、私が特に好きになったのが、冒頭の「Pepper And Salt Meat Rag」(霜降り肉のラグ)だったのです。
 この曲はとても短く(2分弱)、今改めて音楽的に見ると2楽節もありません。変奏を含む1楽節とコーダしかないのですが、なによりもそのキャッチーなメロディーが魅力的です。ピアノによるラグとはまた違う、ギターならではのピッキングの妙や、ジャズにも通じているイサトさんのテンション・コードのつけ方、また常套句とも言えるベースの半音下降などが決まっていて、まさに小粋な曲です。
 まだイサトさんの楽譜を手に入れることができなかったとき、私はこの曲を何とかして弾きたいと思い、ラジカセをガチャガチャやりながら懸命に耳コピしたのも当時のよき思い出です(あとで楽譜を見たら、めちゃめちゃ間違えてましたが)。

 ご本人も楽譜の解説で述べていらっしゃいますが、この曲はギター・ラグのよくある定型とも言える、キーがCのいわゆる「Cラグ」です。しかし、Cラグにありがちなマンネリズムとは全く無縁で、上記のように短い曲の中に創意が満ち溢れています。この曲が発表されてから20年以上経ちましたが、今もって私はこれ以上にイカスCラグを知りません。
 その後イサトさんのライブを何度も見ましたが、運悪くこの曲を弾いているのを拝見したことがありません。機会があればぜひリクエストしたいなどと、わがままな願いを抱いております。

 

★ 七面鳥の散歩 Struttin'(1977)by Jerry Reed

 チェット・アトキンスの70年代の傑作アルバム『Me And My Guitar』(1977)の一曲です。私は、つい最近までチェット・アトキンスの自作曲だと思っていたのですが、実際はそうではなく、チェットと何度も共演している名ギタリスト Jerry Reed の曲でした。裏ジャケットを見ればわかるのですが、私はこのアルバムをずいぶん昔に借りて聴いていたので、そこまで気がつかなかったのです。

 このアルバムの他、数種のアルバムを先輩の小西さん(西野さんだったかな)から貸してもらい、私はチェットのギターの虜になりました。チェットは言うまでもなく「ギターの神様」・偉大なギタープレイヤーですが、たくさんのアルバムを発表した多作家でもあります。しかし、私はこれをやっとの思いで聴いた当時(1986年頃)、その他のレコードをなかなか手に入れる事ができなくて、とても難儀した記憶があります。実際、CD時代の今でも、RCAの素晴らしいアルバムの全てが日の目を見ているわけではないと思います。
 しかし、近年は「2LP on 1 CD」シリーズがたくさん出てきているので、時間の問題といえるでしょう。『Me And My Guitar』は現在、『The First Nashville Guitar Quartet』(1979)とのカップリングでCDになっています。なお、後者もまたチェットの名盤として、長年再発が求められてきたアルバムです。

 この曲が私にとって特に思い出深い理由は、他にもあります。私の大学時代の先輩・菊川さんが、この曲を得意としていたのです。まだまだ簡単な曲もできなかった私にとって、先輩たちの弾く曲はとてもまぶしかったのです。この曲は特に前半に細かい音型が並び、指使いがせわしない曲なのです。楽譜もないのに、こんな難しい曲を耳でコピーしている人がいるんだ!という親近感は、その後の私の耳コピーへの励みとなりました。数年前、改めて自分なりにこの曲を耳コピしたのも、もはや良い思い出になってしまいました。

 さて、この曲はカントリー風のラグタイムながら、ブルージーで洒落た曲想が魅力的です。はっきり言ってはまりました。よく聴くと、おしゃれで軽めなロックンロールのようにも聞こえます。メロディーの跳躍は同じ弦楽器のバンジョーの感覚とは少し異なり、強いて言えばゆっくり目に弾いたホンキートンク・ピアノの感覚に近いものがあります。何と言っても、シンコペーションの型や跳ね具合が絶妙なのです。ギターで、この様に小粋で上品なノリを演出できるのは、やはりチェットが第一人者だと思います。
 もちろんクラシック・ラグ調の曲ではありませんが、ギターでもピアノのようなラグが楽しめるという事を、チェットとジェリーはオリジナル曲でも余裕で実現してしまっています。彼等は、この一曲でもラグタイム・ギター史に名前を残してもいいくらい、そう思えるくらい、私のお気に入りの一曲なのです。

 

★ ウエスト・コースト・ブルース West Coast Blues(1926)by Blind Arthur Blake

 ラグタイム・ブルースの巨人であり、伝説と化しているブラインド・ブレイクの代表作の一つです。私が一番最初に聴いたのは、本人のレコードではなく、レベレンド・ゲイリー・デイビスのカバー・バージョンでした。この曲を含むアルバム『ラグタイム・ギター』(まだ大学生の頃、当時札幌北13条にあった喫茶店、ジャック・イン・ザ・ボックスのマスター小松崎健さんから借りたもの)は、クラシック・ラグとスタイルが違いますが、疑いなくギター・ラグの聖典でした。しかし、そのゲイリー・デイビスのバージョンすら、ブラインド・ブレイク本人の演奏には遠く及ばないほど、オリジナル・バージョンは神がかっています。

 私がそのオリジナル・バージョン(1926年)を聴いたのも学生時代、タワーレコードから買ったヤズーのレコードからだと思いますが、その頃の印象は不思議にすんなり聴けてしまい、ゲイリー・デイビスを初めて聴いたときのような驚きがありませんでした。あまりにも快速に、心地よく、気軽に聴けてしまうため、「すごいことをやっている」という意識が全く上らなかったのです。音質の悪さや、ボーカル曲の多さとも相まって、自分の中ではそれほど大きな位置を占めなかったのかも知れません。

 ところが、よくその演奏内容に思いを馳せると、普通のギタリストではどうやっても弾くことのできない、驚異的なリズムが含まれているのです。それが、打田十紀夫さんの教則本でも詳しく解説されてある「スタンブル・ベース」という音型です。普通、ラグタイムをプレイしたことのある方なら誰でも一度は体験する、右手親指のリズムはパターンが決まっています。ピアノの左手のオクターブ・ベースと合いの手的なコードの組み合わせ(ストライドする低音パート)を模した「オルタネイティング・ベース」です。これは、クラシック・ラグやマーチの基本リズムです。

 しかし、ブレイクの場合はさらに、ピアノがそのベースの一部を先取りして弾くことがあるところまで反映させているのです。私が知るところでは、こういう音型をよく取り入れているラグは、ジェリー・ロール・モートンのニューオーリンズ・ラグや、奇しくも「ウエスト・コースト」と反対の「イーストコースト」つまりニューヨークで流行った「ハーレム・ストライド・ピアノ」のような、より左手の自由度が増したピアノ・ラグです。CD『キング・オブ・ザ・ブルース エントリー2』のライナーでは、同時代を生きたモートンについても触れられています。興味のある方は、是非彼のピアノ音楽も聴いてください。

 このスタンブル・ベースは、親指のリズムパターンに変化を与える効果がありますが、アルレイレで行っていた反復運動をアポヤンドで崩してしまうため、次のベースラインに復帰するのが一苦労。ギターでこの音型を実現するのは、左手親指の独立したコントロールが必要となり、かなり難しいのです。対して、二本の手で弾くピアノであればそこまでの難易度はないと言えます。例えば左手親指と小指でオクターブ・ベースを弾くつもりが、単にストライドが早すぎて、どちらかの指だけ先走ってしまうことはむしろよくあることで、ピアノでは結構自然にできるのです。
 一度、私もこの曲の前半部分を耳コピしたことがありますが、ついに弾ききることはできませんでした。

 私にとって、ブラインド・ブレイクはまだまだ未知の領域を含む、遠い存在です。

 

★ アンダー・ユア・ハート Keep It Under Your Heart(1985)by Duck Baker NEW!!

 ギター・ファンにはおなじみ、アメリカのギタリスト、ダック・ベイカーの代表作の一つです。
 ダック・ベイカーの初体験は、デビューLP『There's Something For Everyone In America』(1975?)で、おそらく大学二年生くらいだったと思います。プー横町の通販カタログからこのLPを買ったのは、とにかくギターソロ音楽を聴きたいという熱情からで、他にもキッキング・ミュールのギタリストの作品を中心にかなり買いあさりました。最初は、その個性豊かなタッチと泥臭いナイロン弦ギターの響きに違和感を覚えたのですが、慣れてくると徐々に快感に変わり、その痛快なプレイは、名作『The Art Of Fingerstyle Jazz Guitar』(1980?)で決定的に私を打ち負かしたのです。

 アレンジも含めてカッチリした曲や弾き方が好まれ、実際そのような演奏者の多いフィンガースタイル・ソロ・ギターの世界において、ダックのスタイルはかなり特異な位置にあります。ジャズのインプロビゼーションを交えた表現力に懐の深さを、そしてケルティックをはじめとする幾多のルーツ・ミュージックからの影響をまとめ上げる腰の強さを感じるのです。しかも、かなり直情的なプレイも見せるかと思えば、多くの教則本やビデオの作者としても知られていて、理論派の所もあります。私の知る限り、ダックほど多様で面白い個性を持つギタリストは、ほぼ皆無だといえるでしょう。
 2001年と2002年の2度ほどお会いして、間近にプレイを体験させてもらいましたが、改めてその素晴らしさを肌で感じました。

 この「アンダー・ユア・ハート」は、一般にはシャナチーから発表された『Opening the Eyes of Love』(1993)の収録曲として知られていますが、実際はそれ以前の1985年、ドイツ盤LPの『Under Your Heart』で発表されています。そのLPのライナーノーツ(ジョン・レンボーン筆)には、「バハマの偉大なギタリスト Joseph Spence と、 それに融合した Dollar Brand のサウンドが、このタイトル曲に現れている」とあります。
 一方、『Opening the Eyes of Love』での本人のライナーには、「とても複雑な構成の曲だが、和声的には簡単だ。これは、いわばレゲエ・ラグタイム(reggae ragtime)に等しい」と書かれていて、なるほどと感心したものです。

 そう、ラグタイム好きの私の耳から言えば、最初のテーマは完全にラグタイムのシンコペーションであり、また確かにレゲエにも通じる、南国風のメジャーな雰囲気を感じます。この曲でのダックのイマジネーションの深さは特筆すべきで、曲は、進行する毎にその心地よいテーマから離れて、クラシカルなジャンルの発想をどんどん塗り替えて発展していきます。普通なら単音のインプロに入ると常套句の世界に行きやすいのですが、ここでは上り詰めるサビの効果的な配置など、作曲とインプロの構成が絶妙なので、思わず唸ってしまいます。
 ギター音楽とラグタイム、ジャズなどとの新たな関係を予感させ、しかもキャッチーなメロディーが印象的なこの曲は、紛れもなく彼の傑作です。

 彼のこうしたジャンルの垣根を越えたオリジナル曲の魅力は、これからも多くのギター・ファンを魅了してやまないでしょう。

 

(随時執筆予定)

 

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