22.今欲しい理想の機械の巻(2002年11月30日更新)
短いようで意外に長かったこの連載も、ついにこの項で終わりである。今まで、多少の個人的偏見はあったものの、素直な気持ちで録音機器への愛情と苦労話を綴ってきたつもりである。区切りをつけるのと、本文が長くなりすぎたので、この項だけは別ページに記す。
正直に言って、私は機械の使い方がうまくない。これは再三述べてきたことで、決して誉められたものではないが、うまくないものは仕方ない。一般の人が楽しく、わかりやすく、簡単に録音することが難しいからこそ、録音技師(エンジニア)の方々がいらっしゃる。その方々を差し置いて、手軽な録音で満足しようということ自体、虫のいい話だ。
勉強して使い方がうまくなることはいくらでもできる。しかし、どうして人間の側ばかりが機械に合わせようとするのだろうか。自分が使いやすいようにカスタマイズできる機械があれば、それは理想の機械となり得るかも知れない。何を以て録音機器の理想を見出すかは、それぞれの目的や利用方法、割り切り方で異なることは言うまでもない。ここではあくまで私個人の、あればいいな、どうしてないのかな、という録音機器・未来モデルを提唱したい。
この連載でさんざん強調してきたことは、ユーザー・インターフェースの部分、つまり使い勝手の重要性である。使いにくければ、どんなに凄い機械であっても使う気が起きなくなってくる。一念発起しないと使えないというネガティブなものになってしまっては、実にもったいない。机に置くような機械で、多少のスペースの余裕があれば、ボタンやつまみは、とにかく必要な分だけ付いていて欲しい。例えば、ミキサーなのにフェーダーがない機械なんていうのは論外であるから、例えばコンピュータ・ベースのミキサーを根気よく使うつもりは全然ないし、あんなものは理想とはほど遠い。
私の理想の機械の概念表(まだ考察中)を以下に記す。
★「ブロック(モジュール)式・録音および編集システム」 価格:時価(寿司ネタか?)
概要:弁当箱みたいなフレーム内に、四角い形の小さなモジュールを、必要に応じて電子ブロックのように組むことで、多くの機材を基本的にコードレスで接合する録音・音楽編集用システム。使用しないモジュールへの電気信号は、自動的に迂回する。いわば、音楽に限定したPCのイメージだが、もちろんノイズを徹底的に排除する。小さい方がよいが、別途、持ち運びできる携帯用のフレームも組めるようにする。
モジュールの規格は統一・外部へ公開されていることが前提で、多くの会社から対応モジュールが出ているとなお良い(ますますPCかプロトゥールス?)。
機 能 詳 細 集音部(マイク) 2〜4つの集音部(先端以外はクネクネ曲がる)。
コンデンサマイクのように壊れやすいのはダメ。
できれば口径も自在に変えられるのがよい。指向性を自由に設定できる。
自由に伸び縮みし、レイアウトできるスタンド付属。
ラジオ局の卓上マイクのイメージ。
スタンドを外して、マイクプリ・モジュールに
直接付けることもできるとなお良い。コード スタンドの中に、バランスタイプのマイクコードを
内蔵。もちろんグニャッと伸び縮みする。
形状記憶で、パターンセットできるとなお良い。外見上は無し。 マイクプリ 高品質トランス内蔵の最高級品から、普及タイプまで
何種類かのタイプを選択できるようにする。最初はリーズナブルな価格のものから入る。
音量レベルは余裕を持ったものがいい。録音部 システムの中核。不本意ながらデジタルHDR方式。
スペックは用途に応じて選択する。HDRが最有力だが、クラッシュしたときのリスクも大きい。
(経験者は語る...)
その時は、全体のシステム情報を、下記の外部記憶媒体で
自動的にバックアップする機能が欲しい。
未来の記憶媒体、巨大なメモリー素子などに期待。ミキサー部 別構造のオプションも繋げられるようにする。
基本は2トラック、オプションでどんどん増やせるようにする。メーターに針、EQにも個別にピークインジケータを付ける。
エフェクター部などと直結し、その状態がトラック毎・
モジュール毎に表示できるようにする。
例えば、リバーブ・モジュールとボコーダー・モジュールが
3、4チャンネルにだけ繋がっているのが表示される。コンプレッサー部 リミッターなどの制限を自由に掛ける。
(最終媒体に応じて適切なポイントを自動で示す)。
制限前との比較もできるようにする。どのポイントで制限するかをきちんと把握できるようにする。 エフェクター部 より細長のモジュールを組み合わせて使用。
特にリバーブやディレイなどのパラメータの多いエフェクトは、
それだけスイッチも増える。
別構造のオプションも繋げられるようにする。エフェクターは、ミキサー部に直結する。
同時使用の制限無し。好きなものを好きなだけ
好きなトラックに掛けられるようにする。モニタリング スピーカ付きだとなお良い。 − ディスプレイ 全体のモニターには液晶画面。
ミキサーと直結で、各トラックの信号経路がわかるようにする。ただし、これはおまけで、各モジュールをみれば一目で
状態が把握できるのが望ましい。外部記憶媒体 CD、MD、光ディスク、DATなどのレコーダーが
用途に応じて選択可能。− ヘルプシステム他 操作の概要などをディスプレイを通して教えてくれる。 インターネットに通じてバージョンアップなども可とする。
同じく、データなども回線に転送できるのがよい。こうしてみると、やっぱりパソコンが理想の機械に一番近いのだが、音楽専用のメリットはいろいろあると思う。モジュールをどんどん外し、集音部とマイクプリ、録音部にだけまとめてしまうやり方もあるし、用途に応じて物理的に付けたり外したりするのが利点である。MIDI関連はフォローしていないが、それは別途にしても構わないと思う。そもそも、録音という以上、音のふるえを録るのでなければいけない。現実に発せられた音の整理のみを、このシステムでまとめるというコンセプトである。
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とりあえず考えてみたものを改めて見ると、何だかげんなりしてきた。自分の想像力のなさに気がついた。「モジュール」という発想自体、ありがちで、陳腐ではないか。何が電子ブロックだ、まったく。
おそらく、未来は私の想像など越えているだろう。空中に自在に浮遊するマイク、レイアウトを手で自在に変更できるミキサー、タッチパネルでのモジュール操作、ポイントを指でつまめば抜けの良くなる周波数別インジケーター、ほぼ無限の分解能を持つデジタル・コンバーター、より的確な音を判定する「イイ音アナライザー」など、ドラえもんの手を煩わせなくても十分にできそうなものはいくらでもある。
録音機材への愛着は、それが理想のものだったからではない。それぞれが、人間と同じく何らかの欠点を持って生まれてきたものだ。人間が作り、人間が使う以上「理想の機械」はあり得ないと私は思う。しかし、そこに数々のドラマが生まれる。より良い音を目指してがんばる多くの人たちの努力の結晶は、これからも様々な姿で、ある時はヘンテコリンに、ある時はスマートに、私たちの前に現れることだろう。ユーザーやメーカー各人の理想の綱引きが、一体どういう形で安定していくか、いつの時代も予想がつかない。
そういうわけで、私は相変わらず録音機材に興味津々なのである。
- (完)