5.モーリス Morris

 2001年7月のナッシュビルでのNAMMトレード・ショー(『アメリカ日記』参照)のために、私はモーリス・ギターを弾くことになりました。モーリスというと、あのアリスが使ったギターとして一世を風靡した、日本の代表的なフォーク・ギターです。しかし、私は正直に告白しますが、2002年までモーリスを所有したことはありませんでした。アリス→フォーク系の歌ものというイメージが強すぎて、インストで使うということは思いも寄らなかったのです。仕事で弾くことが決まってからも、実際にギターが届くまで、私は漠然とした不安を感じていたのでした。
 
 実は、私は過去に一度、モーリスのメーカーとしての一般に知られていなかったモデルについて、同好会報でレポートしたことがありました(会報「ギタリスツ」No.86、1995年12月号、日本の楽器フェアのレポート記事)。特注品(カスタム・ギター)では良質なフィンガースタイル向きのギターが多く展示されていたのに、一般に出回っているものとかなりの乖離があることが残念だったのです。ヤマハのアコースティック・ギターより古い歴史と実力が、一般には正しく評価されていなかった印象がありました。
 しかし、以下のギターを見た瞬間、私の印象(というより偏見)は一変しました。
 
 
 
 

RA−801P(2001年製?、#01030818)

表面板:シダー単板
側板:マホガニー合板
背面板:マホガニー単板
指板:ローズウッド
ネック:マホガニー
その他:エレアコ仕様、ラウンド・カッタウェイ
 
使用アルバム:「夏の終り」「赤岩組曲
 
(写真:ポジション・マークが12フレットにしかないのがどうも嫌なので、主なフレットにビデオテープの「保存版」「二カ国語」などのラベル・シールを貼っている)
 
 アコースティック・ギターの場合、弾く前から「あ、これは良心的な作りだ」ということは何となくわかります。このギターも、その材質、自然な塗装、作りの細やかさと言った目に見える点から、既に力が入っていました。モリダイラさんに聞いてみると、これはフィンガースタイル用に新しく開発された新製品で、おそらく日本での想定価格が10万円ほどのモデル(アメリカ向けのカタログによればS61か)のプロトタイプの一台とのことでした。
 まず指板とネックの作りが特徴的で、指板幅がフィンガースタイル用に広く取ってある。一方ネックはテイラーのモデルよりわずかに薄くなっていて、慣れればとても弾きやすいものです。このようにプレイヤビリティーがきちんと考えられているのは、過去に複数のフィンガースタイル・ギタリストから得られた要望をフィードバックさせた結果のようです。これを含めて、ほぼ全モデルに標準でピックアップが搭載されているのも、一貫したポリシーを感じて好感が持てました。
 
 肝心の音は、国産離れしたしっかりした音。想定価格からは想像もできないくらいの、サスティンの効いたいい音です。よく新品のギターが出すような箱鳴りの音とは違う、安心感のあるギターの音です。私は既に、前に音が出てこないような新品国産ギターに何度も触れてきたので、耳の悪い私にもそれらとの違いがはっきりわかりました。もっとはっきり言って、あのテイラーやラルビーを意識した音だと感じました。
 
 良くあるメーカータイアップの試奏記事のように、たった30分くらい弾いただけでは、耳のセンスのない私ならギターの本当の価値がわからなかったと思います。例えば、張ってある弦がミディアムなだけで「あ、固い音だ」と即断したり誤解してしまう人は、私を含めて結構多いと思うのです。
 私は、このギターを所有した当時、運河で集中して弾きまくり(1日あたり4〜5時間で二週間ほど)、北海道・追分ラッキーフェスでも持っていき、上記の印象が間違っていないことを時間をかけて確認してきたので、その点は自信を持って書きました。備え付けのピックアップが、私の愛用するハイランダーのピックアップに比べて出力レベルが低いことを除いては、特に不満もありませんでした。シンプルだがセンスのある装飾も良く、飽きの来ないギターです。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

追記(2010-7-29):フィンガースタイル用ギターとしてSシリーズが普及して久しい今となっては、ここの執筆記事も古いものになってしまいましたが、今改めて読んでも、当時の私の素直な印象に間違いはなかったと思っています。そんな思い出深いSシリーズのプロトタイプ「RA-801P」(Rumber Series)でしたが、俗に言う「シダー/マホ」の組み合わせのギターの音が、自分のラグタイムのスタイルと微妙に合わないことも、私は長い時間をかけて認識してきました。
そのため、残念でしたが2010年5月にこのギターを手放しました。
 
ここに、お別れ直前に撮った写真を載せておきます。
 

 

S−120(自分のギターではない)

表面板:シダー単板
側板・背面板:マホガニー単板
指板:エボニー
ネック:マホガニー(一本ネック)
その他:エレアコ仕様はオプション(私が弾いたモデルは、B-BANDピックアップのステレオ出力搭載済み)、ラウンド・カッタウェイ。
 
 廉価版のモデル(RA−801P)ですら上記のように好感触だったので、実際にNAMMで弾いてきた「ルシアー・メイド(職人が作ったものという意味)」のギターは、本当にお世辞抜きで良かったのです。詳しくは、『アメリカ日記』をご参照いただければ幸いです。
 
 国産ギターの決して短くない歴史の中で、かつて[注:これを執筆していた2002年当時以前の話]フィンガースタイルを想定したモデルは確かに存在しました。ヤマハの S、LS や LA シリーズ、KヤイリのANGELシリーズ、クラシック・ギターのブランドでもあるアストリアスの多くのモデルなど。しかし、ここまでフィンガースタイル用に一から設計し直されたギターは、量産レベルではおそらく初めてだと思います。私は20年来の国産ギター・ファンとして、こういう良質なギターが一般に受けることを心から願って止みません。

 

TOP  ギター列伝インディックスへ戻る  HOME