★ マイ・ハート・ビロングズ・トゥ・ジェニー My Heart Belongs To Jenny/ダック・ベイカー Duck Baker(TAB Guitar School TAB-CD-1010、2000年)
さて、またギターソロをご紹介しましょう。つい最近、個人的にお世話になっている TAB Guitar School から、あのダック・ベイカーの新譜が出て、これにいたく感動しましたので、ご紹介させていただきます。
先にも触れた伝説のレーベル「キッキング・ミュール」から活躍し、現在に至るまで精力的に音楽活動を続けるダック・ベイカー。特に近年になってからはすばらしい新作を立て続けに出していて、まさにダックの黄金期です。彼については「過去の共演者ご紹介」でも触れています。
ニューエイジや癒し系の当たり障りのないサウンドとは対極の音楽。様々なルーツミュージックやジャズに根ざした一風泥臭い表現と、信じられないくらい華麗でギタリスティックなパフォーマンスが、聞く人をいつも深い感動に導きます。一度はまってしまうと病みつきになるくらい、個性的なギタースタイルにはスルメのような味があります。私がダックを最初に体験したのは大学生の頃、デビューアルバムの「There's Something For Everyone In America」(1976年?)でした。最初からクラシック・ラグの名曲、フィドルチューン、ジャズ、ブルースと音楽ごった煮状態。そのエネルギッシュで(特に初期の頃の)多少強引なプレイに最初は違和感を感じましたが、聞くたびにその素晴らしいパフォーマンスにどんどん引き込まれ、気がついたらレコードを買いまくっていました。
ダックの音楽はその原点からどんどん枝分かれして、それぞれの分野で素晴らしい名盤を発表し続けました。特に、アイリッシュ・チューンのソロ編曲ばかりを収めた「Kid On The Mountain」、ジャズを集めた歴史的名盤「The Art Of Fingerstyle Jazz Guitar」は、キッキング・ミュールの最も優れたアルバムに数えられるものだと思います。また、デュエット・アルバムも数多く、ジョン・レンボーン、ステファン・グロスマン、モーリー・アンドリュース、キラン・フェイといった人たちとのコラボレーションは、ソロとは違った世界の広がりを感じます。さて、ジャズとアイリッシュは、ダックの二つの大きな音楽的潮流だと思います。ジャズの「The Art Of Fingerstyle Jazz Guitar」の進化形が「スピニング・ソング(ハービー・ニコルズ作品集)」だとすれば、今回ご紹介するこのアイリッシュ作品は「Kid On The Mountain」をさらに発展させ、別次元の深みに達したものと言えるでしょう。
まず、一聴してわかるのは、音楽を楽しんでいること。重ねた年輪と、多くのアイリッシュ・ミュージシャンとの共演が、ダックのあふれるエネルギーをより渋みのある感動へ導いていると私は感じました。まるでウィスキーが寝かされて、樽の中で徐々に芳醇な香りを醸し出すように。
全16曲、ほとんどスチール弦ギターで、美しい響きと音の巧みが楽しめます。それでいて、細かくリズミカルな編曲の配慮もきっちりなされているので、マニアックなギター・ファンのつぼにもはまっています。おなじみの「Banish Misfortune」のダック・バージョン、ステファン&ジョンの「Under The Bolcano」でも取り上げられた「Swedish Jig」のオリジナルソロ編曲(かっこいい)、そして新たなダックの代表曲となるであろうタイトル曲など、心地よいグルーブと共にメロディーが歌っています。ずいぶん前のダックのスタイルにちょっとせわしなさを感じていた人は、この最新アルバムでぜひ認識を改めて欲しいと思います。さて、こうなると楽しみなのは、ダック・ベイカー&ジョン・レンボーンの11月来日公演。この二人はずいぶん前からの共演歴があり、息はピッタリです。当然、私も北海道から東京へはるばる見に行きます。こんな機会、滅多にないですからね。