序文

 私は不満の多い人間である。
 何かものを書く人は、一般的に世の中に対する不満が多い傾向があると思う。普段の私を知る人は、私がそんなに欲求不満気味には見えないだろうと思うが、実は自分でも驚くほど書きたいことがいっぱいある。こう見えても口べたなので、話はあまり得意ではない。しかし、うまく話せなかったことも、書くことによって整理される。書けば書くほどに、新たに書きたいことがどんどん見えてくる。取り立てて人に文句を言いたいわけではないのだが、こうして自分自身が抑えきれない不満のタネを抱えていることはどうしようもない。
 著名な文学者の膨大な本の数、図書館に数年足繁く通っても読み切ることができないほどの驚異的な執筆ページ数を思い浮かべてほしい。これはそのまま、彼や彼女の心に抱えてきたドロドロした不満の数ではないのか。そう考えると、開架図書の列の壮観さには腰が抜けるほどの怨念すら感じてしまう。

 しかし不満と言っても、人に対する文句とは限らない。むしろ圧倒的多数の不満が、美しいものを美しい、間違っているものを間違っている、笑えるものを笑えると言う機会がなかった過去の自分に対する歯がゆさだったりするのだ。その歯がゆさを解消するための機会を作ったり、適切な表現技術を磨くのは大変なことである。文芸というのはそういう苦労を経て世に出されるものだ。自分の言いたいことをなかなか言えず、書きたいことをなかなか書けず、日々焦燥に駆られながら何となく一生を終えるのも良いだろう。実際、大多数の人間はそのように過ごす。今回、たまたま時間と機会、そして皮肉屋の才能に恵まれ、言いたいことを書いて世に問うことになった私は、実にラッキーだと思う。

 この本は、ミュージシャンである私が、世のミュージシャンやその関係者達、さらに彼らの言葉遣いやイメージ戦略に関して思う種々の雑感を、辞典形式にまとめたものである。辞典と言っても、よくある用語解説の一種である。ページ数の関係で、とても全ての音楽用語をチェックすることはできず、思いついたものに限定されている。なかでも、我々日本人にはなじみが薄い外来語の解説は、比較的多く行ったつもりだ。役に立つ記述もあれば、屁のツッパリにもならない戯言もある。というか、ほとんど戯言しか書いていないと思われるかも知れない。

 最初にお断りしておくが、これはあくまで私・執筆者個人の雑感であるから、そういうものだと思ってお読みいただきたい。後々うるさく言われるのはいやなので、例外を除いて個人名は出していない。楽しく笑っていただくことが、この本の最終目的である。こんなおもしろおかしい本の重箱の隅をつついてあげへつらい、私に対して新たな不満のタネを駆り立てるのは、かなり時間の無駄だと思うので念のため。
 ...序文でいきなり自己保身を計る記述をするのは作家の常套手段だが、これ、戦う前から命乞いをするが如し。卑怯千万であることよ。では、後はもう何も言わずに、賢明なる読者の皆様の判断を仰ぐことにしよう。

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