★ CD『f春の音楽』 (Music of Spring) / 浜田隆史 [OTR-046] (2023) ¥2,500(税込) Tweet
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曲目 * 30秒のデモ(MP3ファイル) 1. パイカラ (浜田隆史) 「好きな曲を限界まで収録した、浜田隆史の最新ギターアルバム(全76分)。」 長年のレパートリーだった曲から、今年6月のアメリカでのScott
Joplinラグタイムフェス用に |
新作CD『春の音楽』には8ページのブックレットが付いていますが、何せ20曲もあるので、私が各々の曲に込める気持ちなどの情報は、とても全てを書き記すことができません。そこで、販売促進の意味も兼ねて、これから一曲ずつ順に語っていきたいと思います。
★Track-1:パイカラ Paykar(浜田隆史、2020年)
パイカラはアイヌ語で「春」という意味です。細かく言うと
pa は「年」、kar は「〜を作る」という風に取れますから、ひょっとしたら年の初めの季節としてそう呼んだのではないかと想像します。
コロナ禍で、2020年3月ごろから小樽でも全く観光客が消え果て、小樽運河でのストリート演奏を生業の一つとしている私は、ゴールデンウィークにも関わらずまるで月面のように全く人のいない小樽運河の光景に、大きな衝撃を受けました。
ライブもストリート演奏も思うようにできなくなった私は、作曲に没頭しました。「今年の春は散々だった。来年の春こそ、いつも通り賑やかで平和な春になってほしい」「新しく良い年を作っていきたい」という率直な願いを込めて、私はこの「パイカラ」を作りました。
ところが、2021年のゴールデンウィークもほぼ同じ状況で、この願いが叶うのに2年以上かかったのは皆さんもご存知だと思います。
音楽的には、4楽節のクラシック・ラグ。形式は、Intro-A-A-B-B-A-Inter-C-C-D-D。後半のみならず、前半のB楽節でも転調しています。
最近のライブでもよく弾いている、私にとって代表作の一つだと思っています。
★Track-2:ストレニュアス・ライフ The
Strenuous Life(Scott Joplin、1902年)
このアルバムには、ラグタイム王Scott Joplinの曲が4曲収録されています。
この曲は、有名な「The Entertainer」と同じく1902年に出版されたラグで、タイトルはアメリカ大統領となるTheodore
Rooseveltが1899年に行った演説「激しい人生」に基づいています。1901年、彼はホワイトハウスに黒人の大統領顧問Booker
T. Washingtonを招待したことで白人から批判を受けたのですが、黒人であるJoplinはそのRooseveltに敬意を表してこのタイトルをつけたと言われています。
この曲は、当時私が聴けたJoplin関連のLPにはあまり収録されていなくて、私がこの曲を最初に知ったのは、クラシック・ピアニストのJohn
Youngが校訂したJoplin楽譜集からでした。行進曲から出発したというラグタイムの歴史的側面がよくわかる、勇ましいながら親しみやすい曲想です。私がまだ学生の頃、全くできないのになんとかピアノで弾きたいと四苦八苦して、当然ながら挫折したことがあり、以来ピアノで弾く夢は諦めていますが、それほど大好きな曲でした。
2017年にギター編曲しましたが、シンプルな曲想なのになかなか手強い曲です。運指を見直して曲がりなりにもちゃんと弾けるようになるまでに6年も掛かりました。
★Track-3:メヌエット Menuett(浜田隆史、2021年)
2020年のコロナ禍以来、私はiPad楽譜アプリの「Notion」を使って、2年ほどの間に多くの曲を作ってきました。シリーズ物だけでも「Zen
Choro」(全24曲)、「Ode to Rock」(全20曲)、「Alcohol
Waltzes」(全24曲、2021年にCD発表)、「Rag-Ondo」(現在まで19曲)、「Rhythmic
Voice」(全26曲)などが挙げられます。
編曲する時間がないほど多くの曲を作り続けてきたために、今現在は作曲活動を一時的にストップして、少しずつ実際のレパートリーに取り入れようとしています。
この曲は、グラシック・ギター音楽で有名なスペインの作曲家Fernando
Sorの諸作に影響を受けて作られた「6つの小品」(2021)の中の一曲です。
本来はこの後に「Cakewalk」「Calypso」「Ghibli」「Rag」「Jig」と続いていくのですが、今回のアルバムはお気に入りのクラシック・ラグに多くの時間を使っているため、冒頭の一曲だけをご紹介します。
★Track-4:エリート・シンコペーション Elite
Syncopations(Scott Joplin、1902年)
この曲も1902年に出版された、Joplinの最高傑作とも言われるラグです。この時期の彼の創作活動がどれほど充実していたかが、このたった一曲でもわかります。
私がまだ学生〜会社員だった時代、ラグタイムについて多くのことを学ばせていただいた東京のクラシック・ギタリスト、新間英雄さんの著書『The
Study of Ragtime Guitar Vol.5』(私家版、1985年)の32ページには、「代表作のメープル・リーフ・ラグを除いて五曲の傑作を選べといわれたならば、私は、エリート・シンコペーション、ローズ・リーフ・ラグ、グラジオラス・ラグ、フィグ・リーフ・ラグ、そして迷わずにこのウォール・ストリート・ラグを選びます」と書かれています。
それぞれが魅力的なラグですが、人によってはもう少し違う選択になるかも知れません。私なら、たとえばフィグ・リーフの代わりにパイナップル・ラグを、ローズ・リーフの代わりにユーフォニック・サウンドを、ウォール・ストリートの代わりにマグネティックを選びたいところですが、Joplinは傑作が多いのでそもそも5曲には絞れません。
しかし、好みにブレのある多くの人にアンケートを取っても、この曲が必ず上位に入ってくるのは間違いないでしょう。タイトル通り、選び抜かれたシンコペーションの数々は軽快で、忙しく音数の多い曲なのに起伏に富んだメロディーが美しく、楽節の構成も非の打ち所がない完璧な曲です。
私は1998年にすでにギター編曲して、CD『クライマックス・ラグ』(1999)に向けたデモCDRにも入れましたが、難易度が高くてあきらめました。あまりの難しさにライブで弾くこともためらっているうちに月日が流れてしまいました。運指や編曲自体を大きく見直して、今年やっと弾けるようになったのです。
★Track-5:テーゲー Teegee(知名定男、1991年)
沖縄の女性コーラスグループ、ネーネーズの自主制作によるデビューCD『IKAWU』(1991)に収録されている曲。私は当時会社員でしたが、音楽好きには有名な六本木のWAVEでこのCDを見つけて以来、ネーネーズのファンになりました。沖縄民謡だけでなく、知名定男のプロデュースする現在進行形のオキナワン・ポップスが素晴らしく、その歌の世界に心酔したのでした。
1992年、今治出身のトランペッター近藤等則氏の企画した「今治ミーティングVol.2」にネーネーズも出演するという話を聞きつけ、ちょうど台風が接近していたのに無理やり今治までたどり着いたのですが(我が人生で初の四国入り)、なんと肝心のネーネーズが沖縄から来られなくなり、仕方なくジンジャー・ベイカー・バンドとIMAを見て、涙に暮れながら帰った(?)という悲しい思い出があります。
人生はいろいろあり、思い通りにいかないこともありますから、出会ってしまった困難は適当にやり過ごして忘れたいものです。奇しくも、この歌の文句のように人生勉強をしたのでした。
★Track-6:地獄坂 Slope
to Hell(浜田隆史、2019年)
「地獄坂」は、小樽で最も有名な坂道の一つで、我が母校である小樽商科大学へ向かう坂道のことです。確かに名前の通りきつい坂です。しかし、この坂道の周辺にある(もしくはあった)警察署、税務署、拘置所など、怖いイメージの役所があったのでこう名付けられたという説もあります(違うと思いますが)。
このオーソドックスな4楽節のラグは、もちろん学生時代の4年間に通い詰めた地獄坂に捧げたものですが、その険しさを少しでも表したのは不穏なイントロだけで、むしろ下り坂のイメージで作りました。実際に上から坂道を見下ろしながら歩くと、だんだん迫り来る海の景色が爽やかで、楽しくなってきます。
人生の辛さと喜びは、坂道のてっぺんで折り返す表裏一体のものだと気づくのです。
★Track-7:ヒラリティー・ラグ Hilarity
Rag(James Scott、1910年)
ラグタイム三巨頭の一人、James Scottの代表作の一つ。Scottの作曲は、その演奏能力を活かしたダイナミックな作風で知られていて、使用するピアノの音域も広く、一方でギターではなかなかその良さを表現しずらい側面が多いです。
私がこの曲を最初に知ったのは大学生の頃で、今年(2023年)亡くなった名ピアニストMax
Morathの2枚組LP『Max Morath Plays The Best Of Scott Joplin
And Other Rag Classics』(1972)からでした。行きつけの喫茶店に行って、買ったばかりのこのレコードをお店でかけてもらったら、あまりの素晴らしい曲と演奏にビックリして、思わずジャケットを見返したという思い出があります。
Maxの演奏は実にスインギー。原曲ではA-A-B-B-C-C-D-Dという(シンプルすぎてやや不自然な)構成のところ、BとCの間に一部変更したA楽節を挿入して、スムーズにC楽節にバトンタッチするという、革新的で自由奔放な演奏を行なっています。私が今年6月にアメリカのミズーリ州セダーリアで行われたフェスに出させていただいた際、このMaxのバージョンと同じ演奏をしたピアニストがいたのを思い出します。
私の編曲(2017年)も、このMaxのバージョンに一部準じていますが、一方で原曲通りの箇所も多いです。どちらにしても難易度は最上級レベルですが、なるべく楽しく快活に弾けるように努力したつもりです。
★Track-8:カービー・パケットのラグ Kirby
Puckett’s Rag(Dakota Dave Hull、2012年)
★Track-9:プランクシティー・ダコタさん Planxty
Dakota-san(浜田隆史、2019年)
アメリカはミネソタ州ミネアポリス在住、まさに生きた伝説のようなギタリスト、Dakota
Dave Hullのことは、もうみなさんご存知だと思います。1970年代から現在まで精力的に活躍しているアメリカ音楽の達人です。初ソロアルバム『Hull’s
Victory』をはじめ、これまでに数多くの作品と名演を残しています。
2010年の初来日以来、すっかり日本のことを気に入っていただき、2012年からは私が、光栄にも年に一度の日本でのライブツアーでご一緒させてもらっています。2014年からはザビエル大村さんもツアーに加わり、ますます盛り上がりました。残念ながらコロナ禍で2020年〜2022年まで中断していましたが、2023年にツアー再開しました。
Dakotaさんのギター音楽の中でも、クラシック・ラグ形式のオリジナル曲は数多いです。クラシック・ラグをギターソロで演奏するギタリストが少ない中で、ギターならではのオリジナルというのはなかなか他に類を見ないものです。
「カービー・パケットのラグ」も彼のオリジナル・ラグで、2006年に亡くなったメジャーリーグのミネソタ・ツインズの名選手、カービー・パケットに捧げられた曲です。
初出はCD付き楽譜集『Ragtime Guitar』(2012)で、私もこの楽譜集をオタルナイ・チューニングで再アレンジしつつ弾いています。CD『SUKIYAKI』(2018)では、光栄にもご本人とほぼユニゾンでこの曲を弾いたバージョンが収録されています。
「プランクシティー・ダコタさん」は、2019年のダコタさん・ザビエルさんとのツアー中に作った、ダコタさんに捧げる私のオリジナル曲。
「Planxty」の意味は実ははっきりしないそうですが、アイリッシュハープの作曲家Turlough
O'Carolanが特定の人に献呈した曲の名によく付いていた言葉です。
★Track-10:オコバチ・ラグ Okobachi
Rag(浜田隆史、2018年)
「オコバチ」は天狗山から寿司屋通りにかけて流れる小樽の川名で、漢字で「於古発」と書きますが、読みづらい上に元々はアイヌ語地名なので、ここではカタカナで表記しています。
アイヌ語地名解はかなり難しく、定説はありません。私は自分のホームページで考察していますので、興味のある方は以下のリンクをご一読ください。
https://otarunay.at-ninja.jp/otatimei.html#oko
この川は、下流域では「妙見川」とも言います。我が母校・緑小学校(現在は廃校)や小樽図書館のそばを流れている上に、折に触れて買い物に行った妙見市場(現在は無し)の下をも流れていて、私が子供時代から一番親しんできた川でした。
音楽的には3楽節のクラシック・ラグ形式ですが、A楽節でボサノバっぽさを出そうとしているのに、Bで歌謡曲のような俗っぽいフレーズに変わっていて、やや一貫性がないクネクネ曲がった曲になりました。
この謎のような川にある意味でふさわしいと思って、今ここに発表します。
★Track-11:ザット・アメリカン・ラグタイム・ダンス That
American Ragtime Dance(David A. Jasen、1972年)
2022年に亡くなったラグタイム音楽家で著名な研究者でもあったDavid
(Dave) Jasenの自作曲。
彼がBlue Goose Recordsに残したLP『Fingerbustin’ Ragtime』(1972)に収録されています。また、のちに彼自身が編纂したピアノ楽譜集『Ragtime:
100 Authentic Rags』(1979)にピアノ譜が載っています。
私がまだ学生の頃、札幌の輸入盤専門店でLPを買って聴くと、ホンキートンク調のなんとも個性的な演奏スタイルで、最初はややとっつきにくかったのを覚えています。しかし、何度も聴いていくうちに、スルメのように味が出てきて、クラシック音楽としてのラグにやや欠けることがあるハチャメチャな躍動感が好きになってきました。
2023年6月に参加させていただいたScott Joplin Ragtime
Festivalのコンサート企画の一部で、Davd Jasenゆかりの曲を演奏するというルールで一曲選ぶことになり、私はこの曲を選ぶことにしました。
彼のいかにもピアノらしい曲をギターに編曲するのは、なかなかマニアックで珍しいことだと思います。
★Track-12:ポン・ナイ Pon
Nay(浜田隆史、2019年)
私が1996年から所属しているアイヌ語ペンクラブの元会長だった、千歳のアイヌ文化伝承者、故・野本久栄さん(1951-2019)に捧げたクラシック・ラグです。
元自衛官で強そうな迫力があり、怒るとおっかない人でしたが、根はとっても優しく包容力のある、男気あふれる方でした。私はペンクラブに入った当初から優しく接していただき、和人でも分け隔てなく接していただきました。
長いアイヌ語ペンクラブでの活動で、アイヌ語新聞である「アイヌタイムズ」(リンク先)の購読者減少と紙面のマンネリで嫌気が差し、創刊数年後のある時にペンクラブを辞めたいと思って相談した際も、「浜ちゃん、やめたらおしまいだよ!」とまるで寅さんのような口調で慰留されて、結局思い止まったことがありました(おかげで、私の目の黒いうちはやめられなくなってしまいました)。
カムイノミ(神への祈り)の祭司として各方面でリーダーシップをとったり、伝統工芸にも手腕を振るい、末広小学校でのアイヌ文化教育にも尽力された、かけがえのないアイヌ民族の名士でした。
タイトルは、アイヌ語で「小さい・沢」の意味。2011年に作曲した「タンネ・ナイ」(長い・沢、ラグタイム愛好家だった長澤有晃さんに捧げた曲)は、長澤さんの長い人生に合うと思って名付けたタイトルでしたが、野本さんはご病気のため、残念ながらまだこれからというところで亡くなってしまったので、もっともっと長く生きていてほしかったのに、という意味を込めて名付けました。
いわば自己満足のように、私が勝手に追悼した曲なのですが、器の大きかった野本さんのこと、きっと笑って許してくれていると思います。
http://otarunay.at-ninja.jp/taimuzu.html
★Track-13:クリサンシマム(菊の花) The
Chrysanthemam(Scott Joplin、1904年)
Scott Joplinの上品かつ卓越した音楽性を感じる佳曲。最初の妻、Freddie
Alexanderに献呈された曲ですが、彼女は肺炎のためすぐに亡くなってしまったそうです。
打田十紀夫さん主宰のTAB Guitar Schoolから発表させていただいたCD『Climax
Rag』(1999)にも収録しているのですが、この編曲は演奏の難易度が高く、なかなかライブのレパートリーにはなっていませんでした。
しかし、2023年のScott Joplin Ragtime Festival出演が決まってから、「Joplin
FesなのにJoplinの曲ができないなんて、情けない言い訳はできない」と一念発起して、自前のJoplinラグのレパートリーをほとんど全部見直して、ライブでも快適に弾けるように検討と練習を繰り返しました。
『Climax Rag』での編曲は、原曲の調より一音低く、さらにB楽節で調の位置関係まで変えていました。そこで、2023年版では、全て原曲通りの調になるようにB楽節を一から編曲し直し、他の箇所も運指を変更して仕上げました。まだまだ音楽の精進に終わりはありませんが、やっと原曲の優雅なイメージに少しは近づけたような気がします。
★Track-14:バード・ブレイン・ラグ Bird-Brain
Rag(Joseph F. Lamb、1964年出版)
ラグタイム三巨頭の一人、白人の作曲家Joseph F.
Lambは、他の二人より後の世代。Scott Joplinに憧れてラグタイムの作曲を始めたという後輩でした。
1907年、スターク出版社で偶然Lambに出会ったJoplinは、彼のことを大変気に入って、スタークに彼のラグを出版するよう頼みました。Joplinがこのように白人ラグタイマーを支援したのは珍しいことだったようで、他には弟子のBrun
Campbellが知られているのみです。
Lambのスターク出版からのデビュー作「Sensation」(1908)は、Joplinから「Scott
Joplin編曲」と表記するようにアドバイスされ、そのおかげで無名作曲家だったLambは一躍注目され、曲もヒット。のちにスターク出版から「American
Beauty Rag」(1913)や「Ragtime Nightingale」(1915)など計12曲のラグを出版できました。
しかし、Lambはもともと会社員であり、実は音楽家としてはアマチュアでした。スターク時代最後のラグ曲「Bohemia
Rag」(1919)出版の後は忘れ去られましたが、その30年後の1949年、Rudi
BleshとHarriet Janisによる調査で再発見されて、やっと歴史的ラグ作曲家として再評価されました。
ある音楽家が、アマとの違いとかプロの条件は何かなどという、いわばプライドじみた話をするのに私が全く関心がないのは、Lambのこの話が真っ先に思い浮かぶからです。何せ、ラグ3巨頭の一人が会社員だったのですから。私自身も、会社員だった当時にCD『Ragtime
Guitar』(1992)を制作するくらい音楽にのめり込んでいて、Lambを自分の励みにしていたのです。その気持ちは、一応売れないプロとなった現在でも変わっていません。
前置きが長くなりましたが、この曲は、Lambの死後出版された楽譜集『Ragtime
Treasures』(1964)に収められた13曲のラグの中の一曲です。この楽譜集からは他に「Ragtime
Bobolink」(CD『Plays Roberto Clemente』収録)、「Alabama
Rag」(オムニバスCD『They All Played Joseph F. Lamb』収録)をギター編曲で取り上げてきました。
ラグ時代の後期からジャズ初期にかけて流行した技巧派音楽、ノベルティー・ピアノの雰囲気も少し感じられる理知的でモダンなラグで、「間抜け」を意味するタイトルとはとても思えません。全編にわたって才気あふれるセンスを感じる、Lambの傑作だと思います。
私がこれを編曲したのは2002年ですが、やはり難しい編曲になり、ライブで数回弾いた後は敬遠していました。2023年のフェス出演が決まった際、やはり猛特訓と再吟味を経て、やっとレパートリーの一部になった曲です。
★Track-15:たぶん愛 Perhaps
Love(John Denver、1980年)
アメリカのフォーク〜ポップス〜カントリーにまたがるシンガーソングライター・John
Denverは、ほぼ真逆のような歌声を持つBob Dylanと並び、私のお気に入りのアーティストの一人でした。有名な「故郷へ帰りたい(カントリー・ロード)」のみならず、私は彼のほとんど全てのアルバムを聴いてきました。
学生時代の私がリアルタイムに追いかけ始めた頃(1978年以降)、すでに彼のブームは過ぎ去っていましたが、新作を楽しみにしていたものです。
この曲は、彼の後期の傑作『Seasons of the Heart』(1982)に短いバージョンが入っていますが、その前年の1981年にオペラ歌手のプラシド・ドミンゴと共演したバージョンがあり、世界的ヒットになりました。私は当時FMエアチェックで聴いて大好きになりました。
実は、1980年に同じタイトルのアルバムを録音したにも関わらず、レコード会社から「暗すぎる」という理由でお蔵入りにされていました。確かに、1982年に本人のDVが原因で離婚してしまう妻アニーとの不仲を反映しているのか、絶頂期にはあれだけ何にでも楽天的だった人の歌詞とは思えないほど、愛に迷う人の弱さを表す歌詞と曲想が印象的です。
CD『太陽の音楽』に収録した「カントリー・ロード」以外にも、私は彼の曲をいくつもギターソロに編曲していますが、この隠れた名曲はどうしてもCDに入れたくて、あえてここに録音しました。
★Track-16:メイベルズ・ドリーム Mabel’s
Dream(Ike Smith、1923年)
ジャズの名バンドリーダー、King OliverのJazz Bandで取り上げられた初期のジャズの名曲。演奏者の自主性に任せた即興演奏を旨とするジャズも、昔はクラシックなラグタイムと音楽的にクロスする時期もあったようで、この曲も中間部で転調するのが面白いです。
ずいぶん時代が下り、クラシック・ラグタイム・ギターのパイオニアの一人、David
Laibmanによって1970年代にギター編曲され、Stefan
Grossmanが録音してLP『My Creole Belle』(1976)に収録されました。
私はこのアルバムを持っていなくて、再発編集盤のCD『Black
Melodies on a Clear Afternoon』で親しんだと思います。私はこのバージョンを参考にしながら、自分のオタルナイ・チューニングに再アレンジして吟味し直し、自分ならではの要素を加え、今までのライブでもよく弾いてきました。
今まで、なぜこんな楽しい曲を録音していなかったのか、自分でも不思議に思います。
★Track-17:能見台 Noukendai(浜田隆史、2014年)
能見台は、横浜の南、金沢区の地名です。昔、ここに「ぐりふぉれ屋」というお店があり、様々なジャンルのミュージシャンがライブ出演していました。私も2004年から約10年ほどお世話になっていました。
しかし、2014年にぐりふぉれ屋が閉店するという話を旅先で知り、もちろんお店の閉店それ自体も残念でしたが、あのどことなくローカルで素敵な風景が広がっている能見台の街に行くことができなくなるのか、と思ったら急に寂しくなって、この曲を作りました。お店の存在が、その街と自分を結びつけているということに、改めて気づいたのでした。
初出は、小松崎健さんとのユニット、運河のカモメの第4作CD『Family
Restaurant』(2016)。その後、三好紅さんを加えたトリオ、運河の紅カモメのCD『コルウス』(2020)にも収録されましたが、今回初めてソロバージョンで録音しました。
★Track-18:キャサリン Catherine(David
Thomas Roberts、2006-2007年)
今回の収録曲の中で、一番最後に完成したギター編曲。
アメリカのミシシッピ州出身のピアニスト、David
Thomas Robertsは、私が以前から最も敬愛してきた音楽家です。近年のアメリカで最も重要な作曲家と評され、ロマン派音楽から南米音楽、現代ラグタイムなどを昇華した、独自の音楽を追求しています。
私はLP時代からDavidさんの音楽に親しみ、大いに影響を受けました。私のCD『Plays
Roberto Clemente』(2005)では、Davidさんの代表作「Roberto
Clemente」「Pinelands Memoir」など4曲を取り上げていますし、その後も折に触れて彼の作品を紹介してきました。
2006年に、Davidさんを正式に来日招聘し、全国6か所でピアノコンサートをしていただいたのは、私の人生の中でも特別な思い出の一つです。
この「Catherine」は、楽譜に「commissioned by Russ
McKenna for his wife Catherine McKenna.」と記されています。美しく思慮深いメロディー、思いがけない重厚な展開、一度も同じことをそっくりそのまま繰り返さない、複雑で緻密な音遣いなど、古のラグタイム形式をベースにしながら全く新しい音楽表現になっています。
当然ながら、私のギター編曲と演奏は困難を極めましたが、どうしてもこの美しい曲をギターで弾きたいという熱意を抑えられませんでした。自分なりのギター表現を心がけて、謹んで演奏させていただきました。
★Track-19:パイナップル・ラグ Pine
Apple Rag (Scott Joplin、1908年)
彼の別の傑作「グラジオラス・ラグ」(1907)で見られるリズム音型を、さらに陽気に進化させたような素晴らしいシンコペーション、後半部分の充実した展開など、全てのラグのお手本のような曲です。もし、Scott
Joplinの最高傑作はこの曲だ、と言う人がいたら私も同意するかもしれません。
映画『スティング』でもこの曲の一部が使われた他、どのジョプリン関連のアルバムにも高い確率で入っている、人気のある曲です。
ギターの世界では、Ton Van BergeykがLP『Famous Ragtime
Guitar Solos』(1973)で編曲したバージョンが有名で、四苦八苦して練習した経験のある方もいらっしゃるでしょう(私もその一人)。しかし、これがまた難しくてなかなかうまく弾けず、私はずいぶん後になって自分のチューニングで自分流にアレンジしました。
皮肉にも、難しくてあきらめてしまったからこそ、私は別のやり方でこの曲を弾けるようになったのでした。
CD『Plays Roberto Clemente』(2005)に、そのギター編曲版を収録しましたが、今回の再録では、そこからD楽節をより原曲のフレーズに寄せてみました。ギターは、今回は全てマーチンD-18(1952年製)で録音しているので(前回はヤマハS-51)、その違いにも注目していただければ幸いです。
★Track-20:トップ・オブ・ザ・ワールド Top
of the World (Richard Carpenter & John Bettis、1972年)
言わずと知れたカーペンターズの名曲。
私は学生の頃、ビートルズを皮切りに洋楽ロックの世界にどっぷりつかり込んでいたため、カーペンターズのことは軟弱なポップスだと思い、あまり聞く耳を持たなかったのでした(それなのにJohn
Denverは聴いていたというのは、矛盾あり)。
しかし、高校生の時にお昼時の校内放送で流れたカーペンターズの曲は、内心で良いなと思っていたのです。そして、時を経るごとに、創意工夫のない一部の安易なロック音楽などよりも、良質なポップ音楽の素晴らしさに気づくようになりました。
「トップ・オブ・ザ・ワールド」は、改めて聴いてみても本当に素晴らしい歌。なんという率直で幸せな歌なのでしょう。
このアルバムの兄弟のようなCD『太陽の音楽』で、私は最後の曲に「カントリー・ロード」を選びました。今回も、アンコールは有名曲というパターンを踏襲したのです。
(終)