私の録音機材列伝[前半](2006年3月1日追加)

 2002年11月30日に、一応連載終了しました。ただ、これからも書き足します。

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   1.

   2.アナログ・レコーダーの巻1(カセット・デッキ)

   3.アナログ・レコーダーの巻2(マルチトラック・レコーダー

   4.コンプレッサー/リミッターの巻

   5.デジタル・ディレイの巻

   6.デジタル・リバーブの巻

   7.マルチ・エフェクターの巻

   8.ノイズ・リダクションの巻

   9.エキサイターの巻

   10.サンプラーやリズムマシンなど、その他あやしげな機械類の巻

   11.MIDIシーケンサーとコンピュータの巻(含むサウンドボード・ソフト) NEW!!

 

   後半12-22(デジタル・レコーダー〜理想の機械まで)へ[別ページ]

 

1.序

 この「列伝」というタイトル、もともとはずいぶん昔に私がギター同好会報の「私のギター列伝」という記事で多用したものだった。「もう現在は全然使っていないものもあるが、実はあれは時代の名器だった」ということを何とか訴えようとしているうちに、「人に歴史あり」の心境に至ったものである(そんなに大げさでもないが)。大河物語などの脇役にスポットを当ててその人物を活写する「列伝」、本編から離れたインサイド・ストーリーである「外伝」という物語は、時に本筋よりも魅力的である。そう、私たちが気まぐれに買い求めた物にだって、それぞれの歴史的な意味があり、一口では済まされない物語がある。
 アイヌ文化の考え方では、人が精魂込めて作ったものにはそれなりの魂が宿っていて、それは時に神(カムイ)として敬われる。ギターしかり、録音機材しかりである。私のギターの物語については、同名の「私のギター列伝」のページで少しだけ述べているので、ここでは私がそれ以上に血道をあげたと言っても過言ではない、録音機材についての物語を、自分の体験を中心に紹介してみたい。
 少々長い連載になりそうだが、音楽制作に関心のある人はもちろん、そういったことに関係ない人にも、私のアルバム制作の裏話として興味が湧くかも知れないので、まあ気長におつきあいいただきたい。

 

2.アナログ・レコーダーの巻1(カセット・デッキ)

 私の世代の多くの音楽愛好家が、一番最初に慣れ親しんだ録音機器。それは何と言ってもカセット・デッキだろう。いや、その前にラジカセというものがあった。この最も基本的なオーディオ機器の「列伝」執筆には、私の音楽体験の端緒を少しばかり説明する必要がある。

 私が一番最初に音楽に接した機械は、実はいきなりコンポーネント・オーディオの世界だった。父がそういうマニアックなオーディオ愛好家でもあったため、ラジオ付きの家具調レコード・プレイヤー、当時は高級品だった(今でもそうか)ラックスマンのアンプ、本をかじって日曜大工しつつ自作したスピーカー、さらにソニーや今でも現役のアカイの(リール)テープデッキなどを覚えている。子供3人に当時の公務員の安月給という状況を思えば、母はさぞかし大変な思いをしただろう。しかし、幼い子供たちにとってそれらはやはり父のものであり、物心つくまでは身近なものではなかった。
 人は、自分が関わったものを通して、文化を知る。両親が3人兄弟のためにと買い与えてくれたソニーのモノラルラジカセが、私の最初に思い入れ込んだ機械になった。もう型番などすっかり忘れてしまったが、FMAMラジオ付きのモノラルカセットレコーダー、外での使用を前提とした比較的高出力のスピーカーなど、当時の定番的なものだったはずだ。

 私はこのラジカセで、エアチェックの楽しみを知った。当時、レコードはとても高いイメージがあり、小遣いが月に1000円とか2000円とかの少年時代にシングルでも500〜600円の値段ではなかなか手が出せず、ラジオからタダで録音できるということがとにかくうれしかった。とにかく片っ端から番組を録音しては楽しみ(桜田淳子の次がトニー・ベネットとか)、小さなカセットテープを誇らしげに机に並べ、そしてまた同じ所に重ね録りしていった。カセットテープも、今でこそ100円とかのはした金で売っているが、昔はなかなか馬鹿に出来ないくらい高かったのだ。古道具屋で売られている怪しい安物テープ(BONとか言ったっけ)を買っては、すぐワカメにしたものだ。

 ステレオの威力を最初に知ったのは、小学校高学年の頃。もう中学生になっていた兄が友達から買ってきたらしいビートルズの赤盤が、とにかくとてもいい音だったのだ。その頃少しずつお金を分担して買ってもらったティアックのカセットデッキはメーターがデカくてやたらにかっこよく、それで赤盤を録音したりした。中学に入ってからは、ビートルズのレコードカタログや解説を見てため息をつく毎日。モノラルとステレオの二種類が出回っていたが、父のアンプはステレオ音源をモノラルにする機能が付いていたので、とたんにモノラルが時代遅れのもののように思われた。友達ともレコードを貸し借りしたりして録音し合い、とたんに音楽生活が活気づいたのだ。また、その新しいカセットデッキは何とタイマー機能付きで、学校に行っている間にもエアチェックができたりしたので、かなりの期間お世話になったと思う。
 おかげで、ティアック製の優れたイメージは私にすっかり刷り込まれた。ところで、もう一つの優れたメーカーはナカミチである。私はとてもあこがれていた。今でも実はあこがれなのだが、その高額さがどうしても超えられなかった(友人がナカミチを持っているのを見て、思わず頬ずりしたくなってしまった私は、やっぱりマニアなんだろうか)。未だに、私の2台のカセットデッキはティアックである。

 

★ ティアック V-530X 当時の価格は5万前後?

 私が初めて一人で買った本格的録音機器である。大学に入ってからだと思う。これは、ノイズリダクションにドルビーB、Cの他に今では民生用としては絶滅した dbx がついていて、dbx で録った昔のテープは未だにこれでないとちゃんと再生できないのだ。普及型 dbx の何がいけなかったのかはいろいろ言われているようだが、私も確かにドルビーCの方が自然な音なので好きである。
 メーターは針ではなく電光表示で、当時は最新式でかっこいいと思ったものだが、今見るとちょっと安っぽい。現在でも電光表示が主流ではあるが、メーターの針がピックンピックンと鯉の髭のように優雅に動く姿は、やはりオーディオ・マニアにはたまらない高級感を醸し出すものだと言えるだろう。発光体がたくさんあっても細かいところはどんぶり勘定のデジタル・メーターより、アナログな動きの方が感覚が掴みやすく、さらに直線運動よりも回転運動の方が何となく目にやさしいのである。私は、あらゆる録音機器にメーター針の復権を強く希望する。

 昔のティアックのデッキはマイク入力が全面に標準装備されていて、初歩の自宅録音には最適だった。というか、ミキサーがなければ、そういう入力端子のあるデッキでないと録音できなかったのである。カセットアルバムを作る前のデモ録音が相当数あるが、それはほとんどこのデッキで録ったものだ。一時期流行った透明シャーシ内部に鉄を使った重たい高級テープを入れて録るというのが当時のお気に入りで、細かいことを考えなければ実は今でもいい音だと思っている。その後、カセット・アルバム『最後のペンギン』『ラグタイム・シサム』までは、ミキサー経由のマスターレコーダーとして使った。今ではボロボロだが、愛着もあるし dbx のこともあるので、家のインテリアとして保管されている。

 

★ ティアック V-8000S 当時の価格は7万前後?

 かなり時代が下り、会社員時代に衝動買いしたカセット・デッキ。売りはやはりノイズリダクションに新開発のドルビーSが付いていたということ。現在に至るまでカセットNRの決定版と言えるドルビーSは、さすがにスゴイ威力で、はっきり言ってカセットの音とは思えないほどノイズレスで、しかも繊細で自然な音が楽しめる。低音部や弱音部分がクリアなのも画期的。最初聞いたときに、これはカセット界の革命だと思った。
 ただしその欠点は、何と言ってもそれほど普及していないことである。悪いことに、その登場はMDの普及開始時期とほぼクロスしていて、カセットの需要が落ち込んだ所に出てきたのである。あと5年早ければ、もう少し状況は変わっていたかも知れない。いくら「Bで再生してもそれほど違和感がない」と言われても、ドルビーS対応の再生機器が普及しないことにはその実力は発揮されないことは紛れもない事実である。ドルビーS対応のウォークマンが出てきたら絶対買おうと私は心に決めているのだが、未だにその兆しは見えず、MD全盛の世の趨勢の中では夢物語かも知れない。

 ノイズリダクションの巻とも関係あるが、結局NRとは「アナログ・ノイズがある」という前提で作った機械なので「ノイズの根絶」にはならず、このデジタル・オーディオ時代においては後ろ向きの技術革新なのかも知れない。でも、いい音で音楽を楽しみたいという先人の努力には、惜しみない拍手を送りたい。アナログカセットの行くところまで行った究極の理想。いくらこざかしい後進のデジタル圧縮技術が大手を振って歩こうとも、このデッキは時代の名機であると断言したい。
 このデッキを音源の録音そのものに使ったことは一度もないが、カセット・アルバムのデュープリケイター(ダビング機器)として、今も現役で活躍している。ドルビーS対応の再生機器には厳しい基本性能の条件が付いているため、その安定性は折り紙付き。バイアスがマニュアル調整なのもマニアックである。重量感あふれる図体が、未だに我が家のカセットデッキ健在をアピールし続けている。

 

 録音機器ではないが、この際だから、私のフェバリット・ウォークマンも紹介しておこう。

★ ソニー DD Quartz Walkman WM-DD9 当時の価格は5万前後?

 ソニーのウォークマンは、本当にオーディオ界の革命だった。私は、その究極の姿をこのモデルに見ている。
 まず、駆動系にクォーツ発振のダイレクト・ドライブが用いられている。詳しくは知らないが、これはもともとレコードプレイヤーや据え置き型のデッキに用いられる技術らしく、確かウォークマンクラスではこのモデルともう一つのモデルにしか付いていないものだったと思う。おかげで、カセット特有の回転ムラやピッチのズレがほとんど感じられない。まさに、据え置き型デッキを持ち歩いているような感覚である。そして、ドルビーC、低音増強のDBB、とてつもなく重たいボディーが採用されていて、とにかくメチャメチャ音が良い。試しにちゃんとしたヘッドホンをつけて聞いてみると、もう何も言うことはないくらい素晴らしいサウンドだ。カセットは、仮にギンギンの音が入ったCDを録音してもテープリミッターが働き、何だか暖かくて聞きやすい音になると思う。
 ただし、確かに高額。もう少しお金を貯めたら DAT が買えてしまう。普通、この価格帯の商品ならラジオだの録音機能だのタイマーだのイコライザーだのと余計なものがごてごて付くはずなのに、いたって機能はシンプル。カセットの再生とオートリバースしかできないのだ。この武骨な潔さ、まさに男のウォークマンである。

 もう買ってからずいぶん経つが、故障といえばカセット蓋のネジが一つ取れただけで、未だに問題なく動作している。ウォークマンタイプのカセットを買ってすぐ壊してしまった経験は、結構多くの人がお持ちだろうが、その点もう充分減価償却はできたと思う。おまけにこいつは、単三電池1本だけでかなり長々と聴ける。充電できるタイプの機械は、電源起因のノイズが気になる上に電気を切らしたら一大事なので、電池のみの駆動は大正解だと思う。私のMD嫌いはここまで読んでいただいたらおわかりだろうが、この究極のウォークマンある限り、私はMDを買うことは絶対ないだろう(でも、最近このウォークマン、どこの店にも置いてないようだが...)。これにドルビーSをつけてくれないかなあ。

 

3.アナログ・レコーダーの巻2(マルチトラック・レコーダー)

 カセット・デッキでの音の録音は、自宅録音の第一段階と言える。しかし、私の場合はギターソロが専門なので、マルチトラック・レコーダーの必要性を感じるのはもっと後のことになる。後に触れる「ミキサー」をうまく使えば、少なくとも2トラック・ステレオでギター・ソロを録るというスタイルである限りは、レコーダーは2トラックで充分と言えるだろう。これに歌が絡んだり、バックに音をかぶせたりという事になって、初めてマルチトラックの必要性が出てくる。ただし、同じギターソロであってもリバーブ音などのエフェクト音だけを別にしていろいろ操作したり、ラインとマイクのミックスをしたり(これは今でも一部のギタリストには根強い人気を持っている音の出し方)という凝った使い方をするときには、それなりに意義のあるものである。

 民生用として初めて登場したマルチトラック・レコーダーは、カセットを媒体にしたもので、初期の頃はカセット・デッキの名門ティアックの独壇場と言えた。私の父は、あのポータシリーズ「ポータ2」で数多くのマンドリン・アンサンブル編曲の多重録音を行っている。ポータシリーズは、1980年代当時、とにかく自宅録音派のあこがれだった。というより、10万弱の手頃な価格帯ではほとんどそれしかまともな選択肢がなかったと言っていいかも知れない。ヤマハも追随したが、ポータシリーズほどに売れたという話は聞かない。そのポータシリーズ、スペック的には等速走行(後に倍速マシンも)、ノイズ・リダクションに当時流行っていた dbx を採用していた。
 そうは言っても、デジタル機器などほとんど存在していなかった当時のマルチトラック・レコーダーは、ティアックに限らず一般的に音が悪いというのが定説だった。業務用のオープン・リールのテープ幅ならともかく、カセットの狭い幅をさらに4等分(多い機器であれば6等分や8等分というのがあった)するため、隣接する細かいトラック相互の音質的影響、横向きにテープを走らせるため重力の関係で不利になる走行系の精度など、性能的疑問を抱くのは無理のないことである。
 その状況を少し変えたのは録音機器、特にマイクやミキサーの分野で名を馳せていたメーカーのFOSTEX(フォステックス)である。確か業界で初めてだったと思うが(違ってたらすみません)テープの倍速走行を最初に採用したマルチトラックの機械を生み出して、ポータシリーズに挑戦してきたのだ。フォステックスとティアックというライバル同士の、いい意味での熾烈な開発競争である。私はティアック・ファンだったにも関わらず、このマニア好みのスペックに見せられ、会社員生活1年目(1987年)にしてすぐに購入した。

 

★ フォステックス Multitracker 160 当時の価格は10万ほど

 ノイズリダクションに dbx より自然なドルビーCを採用、テープ・スピードは前述の通り倍速である。しかも、壁に掛けて(縦にして)使う選択肢をマニュアルでも書いていた(実際は、煩わしいのでそこまではやらなかったが...)。ボタンやつまみ類はティアックのものよりも大きくて使いやすく、そして余計な機能を排除したシンプルなもので、こう言っては何だが普通のミキサーっぽかった。比較的高額にも関わらず、私は性能的にとても満足したのを覚えている。
 このマルチトラックは、カセットアルバム『ラグタイム・シサム』(1987)でメイン・レコーダーとして使った。当時、まだ DAT は出ていなかったか、出ていても高額で手が出せなかったという事もあり、マルチトラック抜きで考えても倍速録音の機能は魅力的だったのだ。ミキサー+カセットデッキだと配線による信号のロスがあるだろうから、音質にこだわった当時の私の精一杯の贅沢だった(父の影響なのか、実は結構オーディオ・マニアック...)。
 実際、よく録れていたと思う。『ラグタイム・シサム』では、この160を使った録音(例えば「オタルナイ・ラグ」「ラグタイム・シサム」)以外にも、従来の録り方をした曲も収録しているのだが、明らかに160を使った方の音質が勝っている。本末転倒かも知れないが、これを本来のマルチトラックの用途のようにアンサンブルなどで使ったことはついにないままだった。

 その後1989年に、後に触れる DAT などを手に入れたことで、高音質録音機器としての役目はそちらに移行してしまい、たった二年弱でこの機械はご用済みとなってしまった(逆に言えば、それほど DAT は革命的な録音機器だった)。今考えれば何とももったいない話だが、当時の私は会社員で、結構羽振りがよかったのかも。しかし、デジタル時代まっただ中の現在に至るまで、フォステックスは魅力的な録音機器を数多く生み出しており、素晴らしいメーカーである。そのエネルギーに当てられる形で一度はこれを使ったのだということを、私は何の後悔もなく得意げに披瀝したい。
 これに続く私のマルチトラック・レコーダー導入は、それから約10年後、1998年のハードディスク・レコーダー購入まで待つことになる。

 

4.コンプレッサー/リミッターの巻

 録音機器や音響機器のたぐいは、普通のオーディオ装置に使うアンプやデッキ、スピーカーといったものを除いて、一般の音楽愛好家には、それほどなじみ深いものではないかも知れない。特に、単に入力信号として音を通したり増幅したりするだけではなく、音に何らかの操作を行って変化させる機械となると、イコライザー(21項)などの例外を除いては、音楽の作り手でなければ使う機会があまりない。
 ここでまずご紹介するコンプレッサーという言葉を聞くと、建設業関連の方なら削岩などに使うエア・コンプレッサーを思い浮かべるだろうし、そちらの方が社会一般にはよく理解されているかも知れない(実は私も数年前、とあるバイトでお世話になった)。確かに、一般の認知度は低いし音響機器としての派手さはないが、ある種の音楽には、これがないと録音が進まないくらい大事な機械でもある。業務用機器ならば、その値段はピンからキリまで、上は天井知らずだ。

 詳しい説明は専門家にお任せするとして、一般向けの概略を。
 ここでのコンプレッサーは、音を抑え込む機械と言えばいいだろうか。強弱がありすぎて聞きづらい音、録音レベルを低くしないと歪んでしまう音に対して、クリアに録音できるレベルの範囲内にピークを抑え込むのである(「音の粒立ちを揃える」などと言うこともあるが、私はどうしても「つぶつぶオレンジジュース」を連想するのでその言葉がキライだ)。その抑え込む圧縮率(レシオ)や抑えた後の減衰率(リリース)などを設定できるのがコンプレッサー、あるレベル以上を無条件でカットして歪まないようにしてしまうのがリミッターである。どちらも、ダイナミック・レンジを狭くする効果がある。

 リミッターはコンプなんとかという言葉に比べると、少しはオーディオ用語として出てくると思うので、ご存じの方もいらっしゃるだろうが、原理はコンプレッサーと一緒(圧縮率は100%固定)だ。ピークを抑えてクリアに録音するという場合は、むしろリミッターをよく使う。上手くスレッショルド(どこから音を変化させるかというレベル)の設定をすれば、ピーク時以外は全く圧迫感がないので、自然な歪み防止対策がとれる。その意味では、一般のオーディオ機器とかなり近しい「録音レベル適正化装置」と言える。
 コンプレッサーは、そこからもう少し音づくりの要素が生まれる。リミッターよりさらに低いレベルから音を抑え込み、その分録音レベルを上げ、結果的に音の総量を最大化するようにコントロールするのである。よって、大音量を出すロックのような音楽には必須のエフェクターである。この機械がなければ、例えばキング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」は全編耳をつんざくような大音響に見舞われ、とても聴けたものではなくなってしまうかも知れない。
 ちなみに、コンプレッサーと逆にダイナミック・レンジを広くする機械をエキスパンダーといい、エキサイター(9項)の仲間になる。

 さて、このアナログ時代の代表的な音響機器であるコンプ/リミッターは、デジタル時代を迎えた今でも健在である。いや、ある程度テープリミッターのかかるアナログ録音と違って、デジタル録音では歪みは時にノイズになってしまうので、むしろその存在意義が増したとさえ言えるかも知れない。しかし最近では、そのテープリミッター感さえシミュレートしたデジタル・エフェクトをもつマルチ・エフェクターもあるので、何だか人間ってすごく無駄なことをやってるなという感じもする。
 私は、最初のカセットアルバム「最後のペンギン」2作目「ラグタイム・シサム」に、以下のコンプレッサーを2台使った。

 

★ ボス Compressor Limiter RCL-10 当時の価格は2〜3万前後?

 コンプ/リミッターは、はっきりわかる派手なエフェクトではないので、私は最初買うのをためらったと思う。しかし、友人の薦めもあってボスのハーフラックシリーズを購入した(1台ではモノラルなので、2台買った)。このシリーズは、当時1U(ラックに入る大きさの単位)が当たり前だったエフェクター界に革命を巻き起こし、大ヒットしたようだ。他のメーカーも追随した。
 この機械のいいところは、性能も比較的いい上に多機能でしかもわかりやすいということ。コンプレッサー、リミッター、エキスパンダー、そしてノイズ・ゲートの機能を備えていて、これだけで簡単なマスタリングが大方できてしまう。つまみも色分けされていてわかりやすく、今コンプレッションが起こっていることをランプで確認できた。まったく初心者だった私にもすぐにこの機械の意味が理解でき、そして私は、自分の乱暴で荒削りな音がコンプレッションされてレコードに近くなっていく(ように感じた)ことに満足した。カセットでの音の相性もよかった。

 コンプ/リミッターの入門機として、私はこの機械に愛着を抱きながら結構使ったのだが、その後DATを購入してその録音レベルの高さに驚き、音を抑え込むことに不自然さを感じるようになったため、「猫座のラグタイマー」以降は使わなくなってしまった。
 本当はもっともっと上手い使い方があるのだろうが、単にソロ・ギターのクリアな録音という観点でいえば、少なくとも私には無くても構わないものかも知れない。「音を大きくしたければ、ボリュームを上げればいい」と誰かが雑誌で言っていたのに私も賛成である。ただ、テープメディアでコンプ/リミッターを使ったときの、あの微妙な閉塞感、抜けそうで抜けないまとまりの良さ、ハイファイならぬローファイ、音の暖かみは、やはりアナログならではの居心地の良さであった。実は、「カセットの音が好き」と言ってくれるリスナーの方もいらっしゃる。

 コンプ/リミッターは、私にとってアナログの哲学だ。

 

5.デジタル・ディレイの巻

 宅録用単体エフェクター。それは、後に触れる単体マルチエフェクターやHDR(ハードディスクレコーダー)内蔵が当たり前のこの世の中で、一昔前の物になりつつあるようにも見える。ステージ用のポータブル・エフェクターならまだしも、最近は一部の機種を除いてとんと見かけない。しかし、普通のオーディオ装置なら何でもそうなのだが、単体の機械ほど当てになる物はない。いわゆるシステム・コンポ一つで全てに満足するよりも、一つ一つの機械を自分で集めていった方が性能も高いし、何より楽しいことである。どんどん統合化され、便利になっていく録音環境が、実はメーカーのシェア独占のための戦略の一つなのだとしたらゆゆしきことだ。

 ちょっと話が変な方向に行ったかも知れないが、脱線ついでに単体エフェクターの意義をもう少し見ていくと、やはり使い勝手がいいということが挙げられる。マルチエフェクターの狭っちい液晶画面に現れる、ノミの糞みたいな文字に悩まされる人は多いと思うが、音楽心を削ぐような階層型のインターフェースはいただけない。何より、一つのパラメータをいじるのに時間が掛かりすぎる。単体機械は、特にデジタル化される前の機械は、機能別につまみがちゃんと付いていて、一目でその使い方が学習できるし、その効果がすぐ簡単に確認できる。またそのため、思わぬミスが視認で防止できる。これは、例えばアナログとデジタルのシンセサイザーにも同じことが言える。
 ただし、単体エフェクターには、結線による信号のロス、必ずミキサーを経由しないと使えないのでそのミキサーによる信号のロスなどがあり、いいことばかりではない。現在のHDRは、内蔵エフェクターに使用する数の制限があったりするので、多くのエフェクターを同時に使用する場合の選択肢の一つとして単体を使うのが、一番実用的である。

 前置きが異様に長くなってしまった。

 

★ ボス Digital Delay RDD-10 当時の価格は4万前後?

 コンプ/リミッターと同じく、ボスのマイクロ・ラック・シリーズの一つ。今から10数年前、学生時代に買ったのだが、当時はまだまだデジタル・エフェクター自体が珍しく、比較的安い値段で最新式のエフェクトが手に入れられたことにとても満足したものだ。前置きの通りとても使いやすいもので、ギターを弾きながらああでもないこうでもないと調整しては面白がっていたのも、もはやいい思い出である。これもコンプ/リミッターと同じくモノラルだったため、二台購入してリンクさせて使っていた。
 ボスのマイクロ・ラック・シリーズは性能が良かった上に多機能であり、これもアナログではあるがモジュレーションを可変できた。つまり、コーラスやフランジャーの機能まで付いていたのである。マルチエフェクターの話と矛盾するかも知れないが、もともとこれらのエフェクト群は、機能としては相通じるものがあるため、一緒になっているのは大正解である。これも、まさに時代の名機だ。
 これ以前に買っていたデジタル・リバーブには、コントロール可能なディレイの機能が付いていなかったため、これで適当にディレイした音にだけリバーブをかけるという録り方をしていた。そうすると原音がリバーブのせいで濁るようなことがないのだ、と友人に教えてもらったのだ。私のアルバムでは、最初の「最後のペンギン」(1986)から「猫座のラグタイマー」(1989)まで使ったと記憶している。

 私は、この最も派手なエフェクターの効用にとてもインスパイアされて、ギター曲を書いてしまった。それが、私の記念すべき初のクラシック・ラグである「デジタル・ディレイ・ラグ」(1986)である。私は今でもこの曲を、自分の代表曲の一つだと思っている。
 初めて買ったこの単体デジタル・ディレイは、後にマルチエフェクターを買ったため、そのまま最後の物となってしまった。しかし、今でも「デジタル・ディレイ・ラグ」を弾く度に、当時最新のエフェクターに心ときめかせた若い自分のエネルギーを感じ、「無駄な買い物ではなかったのだ」と思い返すのである。

 

6.デジタル・リバーブの巻

 現在はマルチエフェクター全盛時代のため、上のデジタル・ディレイと同じく、単体のデジタル・リバーブというものは、一部のプロ用機材を除いてあまり見なくなってしまった。ひところは各社が魅力的な低価格単体リバーブを出していたのだが...。
 しかし私が宅録に目覚めはじめた大学時代(1980年代中盤)、エフェクター自体がとにかく高価なもので、特にリバーブはまだアナログ(スプリング・リバーブやテープ・エコー)の時代だった。パソコンがやっと黎明期を脱しつつある時代、ワープロですら高嶺の花だった時代、デジタルで音信号を処理するには、機械の基本的能力がまだまだ足りなかったのである。パソコンのクロック周波数が8MHzとか言ってた「ITプアー」な時代では、特にリバーブの残響音を高音質で、常に演算しまくることは難しかった。

 ところが、1986年(だったかな)、民生用としては革新的な安さのデジタル・リバーブが登場した。私は一もニもなく、この機械に飛びついた。

 

★ コルグ デジタル・リバーブ (型番失念)当時の価格は6万前後?

 確か1in2outだったと思う。かろうじて16ビットサンプリングだったと思うが、すでに手放してしまっているので、よく覚えていない。
 このデジタル・リバーブは使いやすかった。何せ、全てのパラメーターにつまみがあり、直にコントロールできた。そのつまみというのが、いにしえのテレビ・チャンネル式(いわゆるガチャガチャ)になっていて、細かい微調整には向かなかったものの、私のような初心者にはかえって迷いなくいじることができた。
 余談だが、私の持っているテレビは1987年製の14型(?)、もう十数年間一度も故障していない。リモコンなどという笑止な物は付いていない。残念ながらガチャガチャではないが、チャンネル毎にボタンがついていて、押すたびにパチンパチンと安心感のある感触の音を出してくれるのがうれしい。また多くのテレビがそうだと思うが、微調整のできるチューナーもきちんと付いていて、普段間違って触れないようにパネルで隠されている。

 ガチャガチャ。テレビのリモコンをポツポツと陰気にいじるのに今でもなじめない私のような人間には、これは理想のコントローラーである。
 このガチャガチャはアナログ・コントローラーではない。「アナログ・コントローラーのふりをした回転式スイッチ」、いわば簡易デジタル・コントローラーである。ボタンを押すのと、結果的には何も変わらない。しかも、切り替わったことを人間の感触に「ガチャッ」と強く訴えかけてくるため、変えたかどうかわからなくなるということがない。
 私たちはよく「機械はアナログの方が使いやすい」などと、漠然とした感想を漏らすことがあるが、何でもかんでもアナログでコントロールすると、かえって使いにくい場合もあるということを覚えておきたい。大昔のUHFのラジオ式チューナーがいい例で、選局が合っているかそうでないか、かなりの熟練を経ないと不安になってしまうのだ。この場合のように、最適なポイントが最初から明確に決まっていれば、デジタルにオンオフする方が手っ取り早いし、あれこれ悩む時間を節約できるのである。その意味で、ガチャガチャはとても便利かつ実践的なデジタル・コントローラーだ。

 私たちは、巷にあふれる「賢くないデジタル・コントローラー」、階層構造になった液晶画面のパラメーター表示を前にして、いかに多くの時間悩んでいることだろうか。デジタルとアナログの賢い使い分けができれば、多くの問題がもっと簡単になるはずだ。これは、エフェクターのコントロール哲学として、検討する価値のある話だと思う。

 さて、このリバーブのパターンは数種類あり、ホール、ルーム、プレートといった基本的なものに限られていたが、よくもここまでの機能を詰めこんだものだと今でも感心してしまう。こんなに使いやすいデジタル機材は、現代の小難しいエフェクターを製作している人たちにぜひ見習っていただきたい。
 この単体リバーブ、私のアルバムでは、「最後のペンギン」(1986)から「ラグタイム・シサ
」(1987)まで使ったと記憶している。

 

★ レキシコン LXP1 当時の価格は定価で15万前後?

 いつ頃手に入れたかはっきりと思い出せないが、CD「ラグタイム・ギター」の後に中古で手に入れたはずである。
 へそ曲がりの私としてはメチャクチャ定番過ぎて嫌だが、持っているものはどうにも仕方ない。さすが名門のレキシコン、リバーブの空気感が天下一品のハーフラック・エフェクターで、多くのプロミュージシャン御用達である。小さいので、普通はライブで使用されることが多いが、私は外で使ったことは一度もない。私のアルバムでは、「歌棄の歌」(1994)以降の作品に使用されている。
 蛇足ながら、こいつのACアダプターは断線しやすいので苦労した。同じ思いをした人は多いだろう。

 なお、「ラグタイム・ギター」(1992)は、私のアルバムの音作りとしてかなり特別な作品だった。何故かというと、ミックス・ダウンがミュージック・デザイン社の機材で行われているからである。自前のエフェクター類やミキサー類は一切使われていない。ミキサーは、ミュージック・デザイン社特製の超高音質なオリジナルモデル(値段を考えると怖いくらい)、シールドも同様、そしてリバーブは、ミュージック・デザイン社が用意してくれたドイツの高級メーカー(名前失念)のデジタル・リバーブだった。さらっとしか掛けていないので、大きな違いはわからないかも知れないが、リバーブの音質という意味では全アルバム中一番だと私は思う。

 

7.マルチ・エフェクターの巻

 5、6とマルチ・エフェクターの悪口ばかり言ってきたように思うが、もちろんこれはケースバイケース。マルチ・エフェクターは、ナンだかんだ言っても音楽製作者にとってなくてはならない必需品であることは間違いないし、私もずいぶんお世話になってきた。最近ではHDR(ハードディスク・レコーダー)が安くなってきており、単体のみならずマルチなエフェクター機器すらも衰退の兆しがあるのだが。

 私はそれほどエフェクター界に詳しいわけではないのだが、民生用マルチ・エフェクターのはしりは、多分ローランドのデジタル・コーラスあたりだったと思う。その後、ヤマハのSPXが歴史的名機となり、多くのミュージシャンが愛用したと思う。私の思い出では、友人の南澤大介氏がヤマハをいち早く購入していたのを見せてもらった記憶がある。スマートに使いこなすその姿に私も感じ入り、また1987〜1988年にかけて選択肢も広くなってきたので、いつものように衝動買いしてしまったのが以下のモデルである。

 

★ ALESIS QUADRAVERB(クアドラバーブ) 当時の値段は7万ほど?

 何で素直にヤマハを買わなかったか。やはり私は人の裏を取る性癖があるようだ(要するにへそ曲がり)。アレシスは、あの有名なA-DATで一世を風靡したメーカー。ハーフラック型のエフェクターも作っているが、この「クアドラバーブ」もマルチ・エフェクターの分野では大変ポピュラーなものだった。まさに名機である。
 名前のクアドラでなんとなく察しはつくが、これは「リバーブ系」「ディレイ系」「モジュレーション系」「EQ系」の四つのメイン・エフェクトを同時使用できるというもの。今となってはこのくらい当たり前のはずだが、当時は言うまでもなく画期的だった。入出力のレベル調整がモノラルだったり、液晶画面が情けないくらい小さかったりと、いろいろ不満はあったが、もともとデジタル・リバーブの品質には定評のあるメーカーなので、買った瞬間からいろいろと使わせていただいた。

 インターフェイスばかり話題にするのも片手落ちかも知れないが、やはり触れたい。上記の4系統のメインエフェクトのページに向かうのに、それ専用のボタン(例えばEQやリバーブといったボタン)がついているのは正解だったと思う。液晶が小さい分、そうでもしないとなかなか目的のページにたどり着けなかったのかも知れないが、とにかくこれはまあまあの使い勝手だった。ただし、ページをめくったりパラメーター値を変えたりするのに上下のボタンを使うのはしんどかった(この機械を持っていない人には、まるで家庭用ゲーム機の使用レポートみたいに見えるかもね)。
 一方、現代の機械のインターフェイスは、こういう使い勝手の最低ラインもクリアできていないものが散見される。「このページでまとめてコントロールできるよ〜」などと便利なふりをしていても、自分が変えたい数字に直にタッチできないもどかしさに負けてしまい、ひんぱんに使う気力をそがれてしまうのだ。パソコン・ソフトならマウス・クリックという手段があるのだが、どうせならディスプレイをタッチ・パネルにするとか、(一部のメーカーで実用化しているが)専用のコントローラーを使うとか、できる事はいろいろあるはずだ。
 
 この機械、私にしては結構長く使い、「猫座のラグタイマー」「月影行進曲」でメイン・エフェクターとして使った他、「歌棄の歌」「海猫飛翔曲」ではリバーブのLXP1の前においてディレイ・マシンとして使用した。

 

8.ノイズ・リダクションの巻

 オーディオの歴史はハイフィデリティー(高忠実度、つまり原音をどれだけ忠実に再生できるかということ)の、科学的かつ哲学的な追及の歴史である。しかし、記録方法が特に不安定要素の多いアナログ方式である限り、原音には無いノイズが常に入り込む運命にあった。

 ノイズ・リダクション(NR)。「reduction」とは縮小とか値引きとかいう意味を持つ言葉で、つまり雑音を「低減」させる機械ではあるが、ノイズを完全に無くする機械ではない。この自信なさげな言葉一つ取って見ても、いかにオーディオ信号から雑音を除去するのが難しいかがわかるというものだ。
 一口に雑音と言ってもその原因は多く、電源に起因するもの、アナログ回路や入出力系の質に起因するもの、マイクの集音性に起因するもの、テープなど記録・再生メディアの走行系に起因するもの、電波など外部からの干渉に起因するものなど、様々なケースが考えられる。本来は、機械を使う人の環境まで含めた、個別の解決方法が必要だと思う。原因の一つ一つを解決していかない限り、デジタル時代の今ですらノイズの根絶はむずかしいのだ
(だいたい、デジタルならノイズの問題は解決かというとそんなこともなく、れっきとしたデジタル・ノイズというものもあるのだから始末が悪い)

 ノイズ・リダクションとは、そんな雑音の原因の一つ一つを直接どうこうするのではなく、別のやり方で一括して処理し、目立たないレベルまでごまかそうとする、純オーディオ哲学的には「ずるい」機械である。

 ノイズ・リダクションという言葉を最初に知ったのは、やはりカセットに使われるドルビー方式からで、私が中学生のころにはすでにあったと思う。テープ幅の狭いカセット・テープは、その機械のしくみから言って、走行系に起因するノイズを根絶することはできない。ノイズを本当に無くするためには、カセット・テープという機械そのものを否定しなければならないが、そうならずにいろいろ対処療法を考えるのが人間のずるいところであり、また面白いところでもある。
 今でも廉価版のラジカセなどにはドルビーは付いていないものが多いくらいだから、当時ドルビーがついているのは高音質デッキの証でもあった。昔のデッキには、大仰な前倒し式スイッチが付いていて、ガッチョンガッチョンと切り替えていた。まるで「ミサイル発射!」みたいなくらいに存在感をアピールしていたのだが、現在はパネルの隅っこで申し訳程度にスライド式スイッチになっているのがちょっぴり悲しい。そのため、ついついドルビーの種類を変えるのを忘れてしまい、ダビングをやりなおしたりすることもある。

 ドルビーなど様々なカセットNRの方式とその特徴については、上記のカセット・デッキ列伝の他、もっと詳しい説明が web 上にもあるので、詳しくはそちらをご参照されたい。ここでは、単体エフェクターとしてのノイズ・リダクションについて、列伝を記してみたい(例によって前置きが長くてすみません)。

 

★ Rocktron Hush II C(ハッシュ・ツー・シー) 当時の値段は定価で11万円

 エレキ・ギタリストのラック・エフェクターの一つとして一世を風靡した、単体ノイズ・リダクションの代表的名機。宣伝、雑誌の記事などでも盛んに登場し、まるで「この機械を持っていないギタリストの感性を疑う」くらいに褒めちぎられていたので、会社員生活二年目あたりでついつい私も手を伸ばしたのである。

 もう手放しているため、細かいところは覚えていないが、操作はいたってシンプルだったと思う。要は、リダクション開始を決めるフィルターのスレッショルド調整が主なコントローラーで、確かに目立つノイズ(特に高音のノイズ)はかなり減った。私は、下に紹介しているノイジーなエキサイターとのペアで使っていた。私のアルバムでは、「猫座のラグタイマー」(1989)に使用。
 ただし、今考えればアコースティック・ギターの生の微細な音表現には合わなかったようで、特に、今にも消え入りそうなローレベルにおいては、不自然なフィルター感が気になった。かといって、フィルターの感度を低くすると、ノイズが目立ってしまうという袋小路に陥ったのである。試しに「猫座」の最終トラック(潮音頭)を聴いていただくと、フェイドアウトの仕方が不自然なのがおわかりかと思う。実は、「猫座」はミックスダウンという作業がなく、全てエフェクト調整済み、DATへのダイレクト録音だった。最後の曲のフェイドアウトは、実際の演奏を徐々に小さくすることでフェイドアウトを模したものである。ハッシュを通すことで、その原音から不自然になったため、やり直しが効かなくなってしまったのが今でも口惜しく思っている。
 結局、そのフィルター感が最後までなじめずに、次回のアルバムからは使用を止めてしまった。

 

★ Behringer Denoiser(ディノイザー) 当時の値段は5万ほど?

 ハッシュIICを全く使わなくなったのは、その後手に入れた高性能マイクやマイクアンプ(後述)の性能があまりによかったことも一因だったかも知れない。ノイズと思っていたものが、集音機器の性能の悪さから来ているのなら、それをグレードアップすることが最も有効な対処法である。だから、1992年以降は、「もうNRなんていらないや」と思っていたのである。
 ところが! 世の中そんなに単純なものではない。雑音の原因には様々なものがあることは前にも述べたし、マイクが高性能になって集音性が向上すればするほど、外界にある余計な雑音まで拾ってしまうことは注意すべき点である。クーラー、ストーブの音などは言うに及ばず、コンピュータやHDRのファン、蛍光灯のジジジという音、外の車の音、子供の遊び声、貸スタジオでは隣のブースの音など、完璧を期すことができない局面はどうしても出てくる。増してや、私のように民生機での自宅録音という方法を取る限り、NRの必要性を完全否定することは少し乱暴である。実際、まったく素のままの音を目指した「ラグタイム・ギター」(1992年)を注意深く聴けば、そのようなノイズが結構あることに気づく方もいるだろう。

 そのことに気づいた私は、会社を辞める(1995年)前後に、下に紹介しているドイツのメーカー「ベリンガー」のエキサイターとペアで、このノイズ・リダクションの名機も購入したのである。私のアルバムで言えば、「海猫飛翔曲」(1995年)以降、現在まで時折使用している。いぶし銀的な光を発する、頼れる奴である。
 正直に言って、私はハッシュIICの音質には満足できなかったのだが、このディノイザーの音質はかなりよい。何より上品なのである。露骨なフィルター感が抑えられているのがこの機械の最大の特徴で、より自然な減衰感が魅力である。ノイズリダクションの効果を何デジベルとか数字で誇示している機械が昔多かったが、それはあまり意味がなく、実際にノイズが違和感なく自然に目立たなくなることが大事だと思う。その点で私は、この賢い機械はかなり好きだ。ただし、抑えられているとは言っても、フィルターはフィルター。掛ければそれなりにナチュラルな音をロスすることは避けられない。よって、どの程度掛ければこのトラックにメリットがあるか判断することがまず必要となる。

 近年の私の録音では、この機械のNRの部分を使うことは少なくなった。録音場所に以前より静かな場所を確保することができるようになり、NRを掛けるメリットがさほどなくなったためである。代わりに、ノイズゲート(一定レベル以下の音をカットしたり、減衰のカーブを早めたりして、低レベル信号時のノイズ感を払拭する機械)としてはけっこう頻繁に使っている。もちろん最新作の「オリオン」にもマスタリングに用いた。私の現在のメイン録音機材の一つであるHDRにもノイズゲートの機能はついているが、「コンプとゲートは絶対アナログ」というのが私の意固地な哲学なので、この機械の利用価値は現在まで続いているのである。

 なお、13.デジタルレコーダーの巻2(CDレコーダー)の「Clean!」も参照のこと。

 

9.エキサイターの巻

 私の理解では、エキサイターは冴えない音に艶を与えるという、夢みたいに都合のいいエフェクターの総称で、様々な種類のものが存在する。どういう方法で音に艶を与えるか、先人たちは素晴らしいアイデアをいくつも考え出している。
 先にご紹介したコンプレッサーの所で触れた、ちょうどコンプレッサーと反対の機能を持つエクスパンターという機械もその一種だが、これは単体ではなかなかなく、大抵はコンプレッサーのおまけでくっついているようなものだ。これには先に触れたようにダイナミック・レンジの狭い音を広くし、活性化させる効果があるのだが、それだけでは聞きづらい場合が多い。音を聞きやすくするコンプレッサーの反対なのだから、無理もない。
 そこに、ある特定の音をうまく強調させる要素を加えたのが、いわゆるエキサイターということになるが、その原理はどうにもわかりにくいことが多く、私などはうまく説明できない。倍音付加、位相調整、マルチバンド・エンハンサー、何か書いててもハテナマークが出てしまって仕方がない。よって解説不可。しかし確かに、以下に挙げるエフェクター類は、私の録音の一部に花を添えてくれたことは事実である。

 

★ 先輩に譲ってもらったエキサイター メーカーすら忘れてしまった。

 Xなんとかとか言うメーカーだったと思うが、学生時代に先輩から譲ってもらった。どういう機械かもはやあんまり思い出せないため、書くこともないと思うのだが、エキサイターに触れた最も早い機会だったことは覚えている。おそらくエレキ・ギター用の機材だったと思う。付けると、確かにハイはギラギラして、おお、と思ったのだ。しかし何せ結構ノイジーで、このままでは生録には使えないと判断して、それからしばらく使わないでいた。その後、ノイズリダクションの名機 Hush II C との組み合わせで『猫座のラグタイマー』に使用したと思う(資料が残っていなくて良く覚えていない)。
 その後、BBEの登場と共にお払い箱にした。

 

★ BBE 実売3万円ほど。型番は忘れてしまった。

 現在でも発売されていて、プロでも愛用者が多いというBBE。一時は宅緑派の間で大ブームになり、私もそのブームに乗る形で購入したものだ。これは、ソース録音の過程で生じた「位相」を調整して「倍音」を付加する装置と言うことなのだが、私は理屈はやっぱりさっぱりわからない。しかし、確かに付けた感じは音がファットになり、効果のレベルを上げてもそれなりに自然な感じの音だったので、当時大変気に入ったのを覚えている。『月影行進曲』では、このBBEが全編にわたって深くかかっている。今聞くと、いくら何でも深くかかり過ぎで、へんてこりんな音になってしまっているのだが、それがこのアルバムのサウンドカラーを決定づけているため、私は実は今でもこの不自然なミックスが気に入っている。
 しかし、その後高性能マイク(トーンクラフト)とミュージック・デザイン製のマイクアンプの購入と共にお払い箱にした(なんかヒドイ...)。

 

★ Behringer Ultrafex EX3000 当時の価格は6万円ほど?

(写真、一番上が渋いエキサイターのウルトラフェックス。ちなみにその下がマルチエフェクターの名機クアドラバーブ、その下でデカイ面しているのがサンプラーのS−1000であるが、今はみんな仲良くラックの肥やしと化している。)

 ドイツのメーカー「ベリンガー」は、現在でもスタジオ用機材を発表している名門で、廉価版とはいえこのエキサイターも実に使える奴である。いや、エキサイターと言うよりはパラメトリック・イコライザーに近い機械といった方がいいかも知れない。高音・低音の別にエンハンス(まあこれも理屈は置いておくが)する度合いを変えることができるため、適切なサウンドメイクが行える。さらにノイズ対策としてリダクションもついている。ベリンガーは、ノイズ・リダクションの名機「ディノイザー」のメーカーでもあるため、このリダクションも優れものだ。
 『ラグタイム・ギター』からこの手のエフェクターのたぐいは使うまいと心に決めていたのだが、またまた浮気の虫が疼いてついフラフラと購入。いや、本当に優れた機械だと思う。実は『海猫飛翔曲』にさりげなく使っている。『月影行進曲』でちょっとBBE掛けすぎたかな〜と思っていたので、そこでは自然な感じを心がけ、実にさりげなく使った。あんまりさりげなさ過ぎて、なくてもいいのかなと思い、それ以降一度も使っていないのだが(何ていい加減なんだろう...)。この機械は今でも持っているし気に入っているので、ひょっとしたらまた突発的に使うかも知れない。

 以前、ギター誌や音楽雑誌で必ずと言っていいほど踊っていたエキサイターの情報は、今はあまり入ってこない。というか、このデジタル・オーディオ時代、高性能マイクが手軽に購入できる時代、ソースからの高音質が当たり前の時代において、エフェクターでまずい録音を改善させようとする発想自体がはっきり言って古くさく、ノイズ・リダクションと同じで後ろ向きなのかも知れない。一部の解説に「デジタル時代だからこそ音の活性化を...」という記述があるのも、ちょっとメーカーの言い訳がましい。むしろ本来の意味でのエフェクター、サウンドメイクの一種と捉えて、積極的に元の音を変えていくという姿勢で臨むならば、エキサイターは今なお意味を持つツールになるだろう。

 

10.サンプラーやリズムマシンなど、その他あやしげな機械類の巻

 最近はすっかり真面目になってしまったが、私はこう見えても結構浮気性である。いや、色恋の話ではなく、へんてこりんな音楽関連の機械や楽器に目移りして、本業のギターをおろそかにすることが多かったということ。楽器にしても、マウンテン・ダルシマー、携帯用ハンマーダルシマー、サズ、インドの太鼓、和太鼓、タイプ可能なオルゴール(オルガニート)、樺太アイヌのトンコリ、マンドリン、マンドセロといったものに次々と手を染めては、マスターできないうちにすぐに飽きてしまう。悪い癖である。私の父は音楽的に多芸な人だったが、父の場合はちゃんとマスターした後で飽きていた。多趣味であることは誇りにすべきものだと思うが、こういう点で、私は父の後をいつまでも追いかけている気持ちである。

 次の項でも触れているMIDI関連の機械にいたっては、かなりのリソースをつぎ込んだ割には全くマスターできていない。例えば、すでに学生時代(もう14年前か)から、リズムマシンに手を染めた。

 

★ コルグのリズムマシン DDM-110 当時の価格は2〜3万前後? 覚えていない。

 だいたい、MIDI対応前のリズムマシン。どうせ、対応していたところで同期演奏など思いもつかなかっただろうが、今から見れば信じられない。大昔に父が「リズムボックス」を使っていたことがあり、幾ばくかのイメージは持っていたが、当時のリズムマシンは最低でも6万台と結構高額だった。それでもずいぶん安くなったもので、リズムマシンの草分けでもあるリン・ドラム(確か、アニメの「うる星やつら」の音楽を担当していた小林泉美が使っていたという記事を見たことがある)が百万円以上したはずで、リズムマシンのさらなる低価格化が、自宅録音派ののっぴきならない期待であった。
 そんな中、このコルグの機械はとても安かったことを覚えている。当時それほど知識の無かった私にも何とかプログラムできたのだから、かなり使いやすかった。もちろん今から見ればまったく低品位だが、一応デジタル・サンプリングした音で、スネアなどはまあまあ使えた。一番変だったのがやっぱりシンバルやクラップ(手拍子)で、紙を丸めるときのようなクシュッとかスパッとかいう音がおかしかった。ギターと合わせていて、思わず吹き出してしまったくらいである。高音域のサンプリングは、当時の普及価格帯製品の性能ではカバーしきれないものだった。ひょっとしたら今使えば結構笑いをとれるかも知れないが、私は最初のカセット「最後のペンギン」の二曲「ワン・ステップ」「プア・ボーイ・ブギ#2」に使った後、こりゃ使えんと思って売り払ってしまった。残念。

 実は、つい最近、十数年ぶりにとあるリズムマシン(ZOOM製)を買った。延び延びになっている次の歌ものアルバムに使用予定である。性能的には前のリズムマシンと比べようもないが、まだ列伝を書けるほどの歴史を重ねていないので、さっそく使い込んでみよう。今度は、飽きる前にいろいろやってみたい。

 

 続いては、いわゆる「MIDI音源」と呼ばれる機械群である。この中には、今となってはDJの商売道具の一つとして一番知られている「サンプラー」も含まれる。私が購入したサンプラーなどの音源機械で、現在残っているものは以下の通り。多いので、コメントは程々にしておこう。

★ ヤマハ EMT−10(AWM Sound Expander) 当時の価格は2〜3万前後? 覚えていない。

 私が初めて買ったMIDI音源。音色の種類はピアノ、ハープシコード、ストリング、ベースなど12種類で、中にはギターなんていうのもあった。初心者向けだったのだろうが、最低でも250音色などという現在の機械と比べるのはちょっとかわいそうだ。
 AWMというのは何回聞いてもよくわからないが、当時私がどうしてもその音になじめなかった「FM音源」とは一線を画する、なかなかナチュラルな音色を出す機械だった。特にピアノの音色は、私の気のせいかも知れないが、意外にも高級と謳われていたサンプラーなどよりよほど自然に聞こえる音だった。普通の廉価版音源ではここが全く使いものにならなかったので、その点だけでもこの機械は名機と言えると思う。ベロシティー(鍵盤を叩く強弱で音色を変える機能)に全く対応していないのが惜しかったが、ラグタイム・ピアノ・ロールの再現を目指していた当時(1988年頃)の私にとって、この音は十分に使える音だった。

 

★ カシオ FZ−1 当時の価格は定価で20万円弱。私は実売10数万で買ったはず。

 私が初めて買った本格的サンプラー。私は、カセット『赤岩の夕焼け』での自作ラグタイム・ピアノ曲の演奏や、オムニバス・カセット『シアン』への参加曲にこれを使った。
 カシオは、今となってはデパートで売られているお手軽なエレクトーンしか知らない人もいると思うが、第一人者のアカイとタメを張れるほどの、れっきとした日本のサンプラー・メーカーだった。今でもFZ−1と聞いて懐かしさのあまり涙する業界人もいると聞いている(ホントか?)。このサンプラーは、当時としては最新鋭の16ビットサンプリング(ただしレイトは36kHz)を売り物にして、さらに本格的キーボードもついていた。さらに、カタログで再確認して改めて感心したのだが、これには波形シンセサイザーとしての機能も付いていた。
 形もごつくて、まるで重量感あふれる戦車のようだった。この形態は、多分ヤマハのベストセラーだったDX−7(FM音源キーボード)などを意識していたのかも知れない。

 「”サンプラー”ってかっこいいだろうナ」というあこがれ、ミーハーな所と、「音色が選べるから、いろんなピアノの音が使えるだろう」と判断した実益の部分が合致して、私は先の音源の後に購入した。しかし、今にして思えばFZ−1は確かに優れた機械だったが、サンプリングの手間が結構面倒なのと、音楽業界で経験豊富なアカイやローランドの単体サンプラーに押されてしまったということがあって、ユーザーは当時からそんなに多くなかったように記憶している。または私が、その衰退期に、安くなったモデルを買ってしまったのかも知れない。
 そんなわけで、フロッピー媒体で提供される音源の種類がどうしても少なかった。ソフトが少なければハードが衰退するのは、今も昔も同じ。アッという間に、FZ−1はドリームキャストみたいになってしまった。さらに、これは当時のサンプラーの特色らしいのだが、ピアノの音色でMIDIファイルを続けて鳴らしたときの音のつながりがバタバタいうのが最後までなじめなくて、現在ではキーボード部分だけをたまに使っている。
 余談だが、後に触れるマイク・アンプ関連でお世話になったミュージック・デザイン(現・Total Music Design)から、自家製のFZ−1の音源を譲ってもらったときは、本当にうれしかった。

 このFZ−1は、私のMIDIに費やしたかなり無駄な労力を語る上で外せない、とても思い出深いサンプラーだ。

 

★ アカイ S−1000 当時の価格は中古で12万前後? 覚えていない。

 サンプラーと言えばアカイ。サンプラーといえばSシリーズというくらい、現在に至るまでヒットし続けている永遠の名機の原点に近い機械が、このS−1000。
 買ったはいいが、私は全く使いこなせず、フロッピーの出来合い音源から音を出すのにも一苦労というほどのMIDI音痴だった。よって、早々とラックの肥やしになってしまった。それならなぜ買った?と言われそうだが、こういう機械は、買わなければ自分がどこまで使えるものなのかがわからないことが多い。一番使いたかったピアノの音色にしても、FZ−1やEMT−10と大差なかったように感じられた(ピアノ・ロール演奏ならばむしろEMT−10に軍配を上げたい)。このころはまだ入出力がフロッピーベースで、容量が1MBだの2MBだのといっていた時代である。FZ−1もEMT−10も含めて、本当に自然なピアノの音色など、もともと無い物ねだりだったのかも知れない。本当はそういう使い方ではなく、マルチ音源の選択肢を広げるという認識の方がよかったのだろうが、そこまでMIDI世界に入っていく根性はなかった。
 そうこうしているうちに、MIDIに飽きたのである。

 

★ ローランド P−55(ピアノ・音源モジュール) 当時の価格は6万前後? 覚えていない。

(写真、電話兼FAXの下敷きになっているのがP−55。現在いかに使っていないかがわかる。)

 これは、趣味のラグタイム・ピアノの自動演奏用に買った、ローランドのピアノ音源モジュールの大傑作である。まだ東京にいる頃買ったので、もう6年くらい前だと思うが、私はこのピアノの音が特に気に入っている。

 カタログの解説文を見ただけで、ピアノマニアが卒倒しそうな入れ込みよう。32MB(あれ、8MBだっけ? うろ覚え)の大容量全てをピアノの音につぎ込んだのだから、音が良くないわけがない! とか、平均律だろうが純正律だろうがチューニングも思いのままとか、数多くのベロシティーや減衰のカーブに対応とか、よくぞここまでこだわったと言いたいスペックなのだ。その自然かつ華麗な音も素晴らしいが、それ以上にこのメーカーとしての徹底ぶりがすがすがしい。
 以前、友人で作編曲家の南澤氏に聞いてもらったところ、彼はこちらより、別(ヤンチャン?というメーカー)の単体ピアノ音源の方がしっくり来るかな?と言っていたのを思い出す。私は逆に、ヤンチャン?の音にそこまではなじめなかったのも覚えている。もちろん最低限の性能をクリアしていればの話だが、音源は、その使用用途により、また使う人の好みやこだわりにより、最適と感じるものは変わってくるのかも知れない。ああ、ロマンだ。

 

 引き続き、これもMIDI音源の仲間と言えなくもないので、紹介してみよう。何とMIDIギター兼ギター・シンセである。こんなものまで買っていたかと我ながらあきれてくるが、これは日本の誇る逸品と断言してもよい。

★ カシオ PG−300 当時の価格は実売で8万前後? 覚えていない。

 もはやここまで来たら「どこが録音機材列伝なの?」と自分で突っ込みたくなってしまうが、これも一応立派なMIDIコントローラーである。カシオの昔のカタログによると、PG−380という機種(23万8千円)があり、この機種はその普及タイプと言えるだろう。
 これ以前、同じくカシオでさらに安価なギターシンセがあったのだが、そちらはまるで小型のハンドキーボードのような形、プラスチックのような弦がついていて、全く抑揚表現の効かない、とてもギターとは呼べない代物だった。それに比べて、こちらはギター・シンセと言っても一見普通のギターで、形は普通のストラトタイプ、ちゃんと普通にプレイもできる。弦は普通のエレキギターの弦だ。
 しかし、驚くべきことにこのギターには3つの全く異なる出力系統がある。MIDIコンバータからのMIDI出力、ピックアップからの標準出力の他、同じく標準ジャックから切替スイッチで、カシオ独自のiPD音源という妖しげなシンセサイザー(通常64音色)を鳴らすことができるという、ビザール(変態)ギターの王者として名高い、VOXのギター・オルガンもビックリのスペックだ。iPD音源の追加モジュールを背面のカードスロットに入れれば、さらに音色が増える。さらにさらに、シンセサイザーVZ−1で編集した音色も使えるという、画期的なバリエーション!(と言っても私にそんなことが出来る訳がない...)
 これほど多くのテクノロジーを付加したギターは、今もってこれ以上のものを私は知らない。

 気になるMIDIのコンバート能力(弦の実音と全く違う「MIDI信号」の出力)も、買った当初はかなり良好かつ快速で、ある程度のタイムラグを我慢できればまあまあ使えるものだった。実際、これでEMT−10を鳴らしてみると、自作のギター・ラグが(多少の違和感はあったが)ピアノの音になって出てくるのがとても楽しかった。さすがにチョーキングを多用すると、容量の少ないシーケンサーがベンド情報の多さに閉口してストップしてしまうので(まるで笑い話だがマジメな話)、MIDIを使うときはベンド情報を送信しないように設定して使った。ただし、iPD音源の出力はかなりベンドに追随してくれたので、なかなかの優れものだった。
 しかし、時がたつとそのMIDI変換の調子がおかしくなってきて、ついに故障してしまった。ギターのMIDI対応に関しては、今でも技術的に難しいところがあるようなので、常に調整していないとダメだったのかも知れない。もともと「イロモノ」扱いしていたこともあり、無理にそこを直しに出したこともなく、普通のエレキ・ギターとして使ってきた。

 未だにこのギターをアルバム録音では使っていないのだが、代わりに私の練習用のギターとして大活躍している。CD『クライマックス・ラグ』のアレンジ研究の多くは、実はこのギターで練ったものである。ひょっとしたら、S−51以外ではここ数年で最も弾く機会の多かったギターかも知れない。
 でもやっぱり録音機材じゃないな、これ。

 

 

11.MIDIシーケンサーとコンピュータの巻(含むサウンドボード)

 ついに、我が人生最大の困った買い物について触れるときが来たようだ。
 シーケンサーやパソコンのソフトウェアによる音楽製作、いわゆるDTM(Desk Top Music)というシチメンドクサイ分野である。
 前項「あやしげな機械類」の続編と思って、笑ってお読みいただきたい。

 私は、自己紹介の欄でも書いているが、現在はパソコンメーカーとして有名な日本電気株式会社(NEC)に8年間勤めていた。そのため、「浜田さんはさぞかしパソコンが得意なんでしょうね」と人に思われている節があるのだが、私が勤めていた当時は、まだWindowsという画期的なOSが出る前後であり、会社で使うパソコンは業務用の「オフコン」という、経理専用のコンピュータだった。あんまり詳しく書くと社外秘をもらすことになるので控えるが、パソコンが業務に使えるレベルになるまでには、少なくとも Windows95 レベルの操作性が必要だったのである。その Windows95 が出る頃には私はちょうど退社を決心していたので、実際には会社で「パソコン」を使った期間はほとんどなかった。

 もともと私は文系であり(商大卒ですから)、パソコンは大学のゼミ室にあったソード製のパソコンをいじろうとして挫折したという記憶しかなく、全く苦手分野だった。PCのDOS画面の点滅するカーソルを見るたびに、超えられない壁を感じたものだ。アイヌ語の辞書データ整理のためにNEC製の安いモノクロのノートパソコンを買ったのは、退社の一年前(1994)だった。

 しかし、私が初めて買ったパソコンはそれではなく、実はアタリだった。

 

★ アタリ 1040STF 当時の価格は定価で16万(本体)、12インチのモノクロモニターが4万円だったと思う。

 アタリはゲーム機メーカーとして有名な企業で、湾岸戦争のときも兵士の娯楽のために携帯ゲーム機を戦地に送ったという話を聞いたことがある。しかし、私はゲームが全く苦手で、パソコンのゲームをやるためにこのマシンを買ったのではない。もちろんDTMのためである。

 当時から現在に至るまで、DTMの世界は圧倒的にマッキントッシュ(Mac)コンピュータが強い分野である。シーケンス・ソフトの代名詞となったパフォーマーも、この機械でしか動かない。今でこそマックは手に入れやすい価格なのだが、昔は最低でも2〜30万、ちょっといい機械なら軽く60万は出さなければ買えなかった。とあるミュージシャンからは、パフォーマーとのペアで初期投資が100万円だったという話も聞いた。性能的にも価格的にも、ほとんどEWS(エンジニアリング・ワーク・ステーション=PCが今ほど高性能でなかった時代のグラフィック専用コンピュータ)の域に達していた。他のPCメーカーに比べてとにかく高価だったのである。
 しかし、そこに立ちはだかったメーカーが、比較的低価格のマシンを売り物にしているアタリとアミガだった。アミガについては、私は全く詳しくないのでパス。私は、当時(1988年頃)楽器屋さんのプッシュもあったので、アタリを購入することにした。

 アタリのこのマシン「1040STF」は、昔としては珍しくないキーボード一体型パソコン。今の人の目から見れば確かに性能的には見劣りするものの(CPUはモトローラ68000[クロック8MHz]、メモリは「大容量」の1メガ、720kbのフロッピーディスク、ハードディスクは無し)、MIDI端子をInOut標準装備するという世界でも稀なパソコンで、最初から音楽用途を念頭に置いた作りであった。パソコン自体が、とても十万台で買える代物ではなかった当時としては、抜群のコストパフォーマンスを誇る名機であった。
 OSの「TOS」はアタリの独自開発らしいが、思いきり Mac OS のインターフェースに酷似していて、かなり使いやすかった(実際、アタリ用のマック・エミュレーターが某楽器店で堂々と売られていた)。ただし、日本語化していないのが難点だった。

 マシンよりも大事なものはソフトウェアである。アタリは、使用ソフトによっては小型の外部ROMカセット(ファミコンのカセットを小さくしたようなもの)が個別に用意されていた。これはソフトウェア・キーといい、このROMカセットを本体左横のソケットに指し込まなければ、ソフトが起動しないのである。PCソフトの不正使用は今でも社会問題になっていることだが、この問題をいち早くゲーム機感覚で解決していたのが興味深い。他のメーカーも真似すればいいのに、と今でもたまに思うが、ソフト毎にキーをとっかえひっかえできるのは、シングル・タスクの機械の特権かも知れない。

 ソフトの起動は、今では考えられないがハードディスクがないので、フロッピーから起動する。これがまた独特の「シャコー、ブブブ...」という大仰な音で、いかにもパソコンを使っているという虚栄心が満たされて、なかなか気持ちがよかった。
 当時のアタリ対応では、現在ではCubaseで有名なスタインバーグ社のシーケンス・ソフト Twenty Four III が、アタリの売りの一つであった。私も、最初はこのソフトをハードと同時購入した。

 

★ スタインバーグ Twenty Four III 当時の価格は定価で5万円

 楽譜も表示できるというのがかなりカッコよく見えたので購入。当時のプロが使っていたという記事も見たことがあるが、しかし不慣れな私が見よう見真似で使うと、フリーズの嵐(マックのフリーズ・カーソルは可愛い爆弾の形だが、アタリのフリーズ・カーソルは何だかケムンパスみたいな変な形で、非常にむかついた)。楽譜の表示も噂ほどに賢くなかった。入力にはリアルタイムが奨励されていて、鍵盤の叩けない私は困り果てた。ほとほとウンザリして、しばらく使った後、私は別のソフトに乗り換えることにした。ちなみにその後、Twenty Four は Cubase というまったく別の使えるソフトに生まれ変わることになる。今をときめく Cubase も、もともとはアタリ専用ソフトだったことを知っている人は、意外に少ないかも知れない。

 

★ C-LAB Notator SL 当時の価格は定価で12万円

 決して安くはない買い物だったが(パソコン本体と同じ定価)、Twenty Four III の後に購入。このソフトの最大の売りは「楽譜をベースにしたステップ入力」で、ノーテーター(記譜する者)という名前がそれを表している。英語のソフトで、しかも私がDTMに不慣れであったのに、まずまず使うことができた。何より、ステップ入力の簡単さと楽譜のクオリティーは特筆すべきで、現在の楽譜ソフトと比べても全く遜色がなかった。リアルタイム入力の楽譜変換もスムースで、クオンタイズをかければきれいな楽譜に換えてくれた。

 しかも、これは楽譜専用ソフトではなくれっきとしたシーケンス・ソフトで、MIDI編集作業の操作性が抜群によかった。いろんなことが楽しくできるのである。私はこの機能を使って、MIDIによるピアノ・ラグにグルーブを付加する方法もいろいろ試すことができた。例えば装飾音を別のパートにコピーしてからグルーブ・クオンタイズをかけて、後で退避させた装飾音を再コピーしたり、左手と右手のパート全体のタイミングを微妙にずらしたり、ヒューマナイズの機能を使ってみたりと、この私がそこまでやってみたいという気にさせられたのである。フリーズもたまにあったが、許せる範囲だった。
 私は試さなかったが、他にも機能拡張ユニットとして「ユナイター」というシンクロナイザー兼MIDI増設機、「ヒューマンタッチ」というMIDIトリガーなどのオプションがあった。

 私は今でも(使っていないくせに)アタリを手放せないのだが、それはひとえにこのソフトの存在による。これほどの操作性、きれいなインターフェース、楽譜のクオリティー、そして賢い機能の数々を思い返すにつけ、これがたかがメモリー1Mの範囲で実現されていることが不思議で仕方がない。どんどん高性能になるウィンドウズPCのソフトの中でも、このソフトに勝る操作性を備えたソフトは、恐らくいくつもないだろうと思う。
 その後、残念ながらアタリ用ノーテーターは打ち切りとなり、マック用に「Notator Logic」としてデビューすることになる。C-LAB[現・emagic]代理店から「マックに乗り換えてください」と言わんばかりのお知らせが来たとき、私は頭の中が真っ白になった。

 これだけ少ないリソースでも快適に動くソフトのことを、ソフトメーカーはもっと参考にしていただきたい。誰かが物の本に書いていたが、今の世の中、ちょうどいいものというのはなかなかない。音楽ソフトは、みんな24ビット対応のHDRみたいになってしまっている。「帯に短しタスキに長し」である。例えばMIDIに特化したシーケンスソフトや簡単な楽譜ワープロなら、数千円〜せいぜい1万円台くらいでできそうなのだが。拡張性さえ確保しておけば、あとは目的や性能を絞った、もっと軽くて使いやすいソフトが出てきていいのではないかと思う。

 

★ ヤマハ QX5 当時の価格は5万前後?

 順番は前後するが、私が1987-8年頃、初めて買った単体シーケンサー。実はシーケンサーというものを最初に知ったのは意外に早く、ローランドのTR(リズムマシンとベースマシンがあった)のカタログを見てため息をついていたのが学生時代であった。もっと本格的に音楽製作の道具として認識したのは、やはり南澤くんとの交流からで、ローランドのMC-500mkIIという名機を使いこなす彼の姿が印象深い。今では、単体シーケンサーはDJがループミュージックで使うものなどに変わってきているようだが、当時はまさに小さなスタジオであった。もちろん、私がそんなに使いこなせるわけがないが。

 このヤマハのシーケンサーは、やはりラグタイム・ピアノの楽譜をステップ入力するために購入した。何か平ぺったくてさえないデザインだったが、私には珍しく懸命に使い方を勉強した。液晶はたった一行しかなかったが、小節や拍毎に音の高さを指定するやり方で、地道に入力していった。今思えば、なんて辛抱強い人間だったろうと思う。
 今でこそ、ラグタイム・ピアノのMIDIファイルはインターネット中に転がっているが、当時は「自分がやらなきゃ、誰がこの無名のラグを演奏してくれるんだ?」という悲痛な思いで、かなりまじめに取り組んでいたのだ。もちろん音符通りに入力するだけなので、そのままでは機械的な感じは否めないが、これを通してMIDI音源のEMT−10(前述)から最初に音が出たときには、本当に感動した。そして、いいと思う曲を片っ端からMIDI入力していった。取り組んだ曲数で言えば、最も愛用したシーケンサーである。

 その勢いそのままに、何とこのシーケンサーで合計7曲のオリジナル・ピアノ・ラグまで作曲してしまった。やり方としては、小さなMIDIピアノとこのQX5を繋いで、1ステップずつ弾いて試しながら直接入力していった。メロディーを先に入れて、それに合うような左手のラインを試行錯誤で入力した。多くのラグタイム・ピアノ曲をMIDI入力したので、その感覚を忘れないうちに取り組んだからこそできたことだと思う。しかし、やはりピアノのコードにはそれほど慣れていないので、今聞くと左手のパートがあまりこなれていない。

 その後、アタリのシーケンサー登場と共にだんだん使わなくなってきて(アタリがあっても入力にはQX5という時期がしばらく続いたが)、入力ボタンの反応が鈍くなって壊れてきたということもあり、会社を辞めて北海道に戻った1995年ごろ、あえなく廃棄処分になった。ところが、どうしても苦楽を共にしたこのシーケンサーのことが忘れられなくて、二年ほど前に中古楽器店で見かけたQX5をまた買ってしまった。やっぱり全然使っていないけど...

 

★ Creative  Sound Blaster Live! 2万前後

 時は流れ、私は単体シーケンサーも、アタリのシーケンス・ソフトも使わなくなった。あれほど熱中していたのに、自分の本筋でないものには冷めやすかったのである。私は別の課題である「アイヌ語」の辞書資料整理のために、1994年ごろNECの白黒ノートパソコンを買い、暇さえあればアイヌ語のデータ入力に没頭するようになった。翌年、ノートでは飽き足らず、デスクトップ型を買った(会社に対する最後のご奉公のつもり...)。しかしこれらはあくまでアイヌ語勉強やワープロ用であり、もうパソコンを音楽で使おうなどとは夢にも思わなかった。苦労した割に、最後までMIDI関連機械に愛着が持てなかったのである。

 ところが、近年のPCの高性能化、そしてコストパフォーマンスの高さは、一般用途で音楽を扱うのに充分な余裕があった。特に私が1999年から始めたインターネット上のホームページ(つまりこのページ)に、試聴用のMP3ファイルを置く必要が出てきたので、安価でかつ多機能・高性能、この有名なサウンドカードを手に入れることにした。

 PCI接続のカードの中でもかなり安い価格で、買ったときは内心、性能が心配だったのだが、アナログのミニジャックなんてほとんど使わないだろうと最初から割り切っていた。目当ては何と言っても16bit, 48kHz対応の「デジタル入出力モジュール」であった。これなら、アナログ起因のノイズは考えにくい。ジャックでボードと繋げる形のモジュールで、一見おもちゃみたいに安っぽい形なのだが、いろいろ使ってみて性能的に問題は全くなかった。いや、実に使えるヤツなのである。

 サウンドボードも、専門的なものはノイズシールドなどの対策を施していてかなり高いのだが、たかだか2万円ほどのボードにデジタル入出力(しかも光と同軸の二系統)というのは画期的で、さらにMIDI、MP3エンコード、簡単なミキサーやエフェクター、サラウンド・コントローラーなど、パソコンでやってみたいような機能やソフトは一通り付いている。ゲーム用や入門用を超えた実力を持つサウンドボードとして絶大な人気があるのは、至極当然だと思う

 私は、このボードを最新作『夏の終り』のCD-R作成用・デジタル入出力インターフェースとして使用した。また、後述するACIDのデシタル入出力にもこれから活用していきたい。
 なお、最近このボードは「Audigy」にバージョンアップして、24bit,96kHz・IEEE対応になり、プロ水準と言えるほどますます高性能になった。旧バージョンユーザーとしてはちょっと悔しいところだが、価格はほとんど変わっていないので、またもや購入を検討しているのである。

 

★ Sound Foundry ACID Music 3.0 実売1万数千円ほど

 今をときめくACID! 私はこのたかだか1万円台のPCソフトに、音楽製作の新しい可能性を見ている。MIDIに代わる新しいミュージック・ツールとして、ひいては新しい音楽フォーマットの一つとして認識されつつある優れたソフトである。しかし、ACIDって何?という人も多いと思う。本当につい最近(といっても1998年に)出てきたソフトなので、無理もない。

 これは、もともとDJなどがループ・ミュージックを作ることを前提にしたウィンドウズ用音楽ソフト。もちろん無制限マルチトラック。従来のシーケンサーやサンプラーと何が違っていたかというと、ウィンドウズの標準フォーマットであるwavファイルを使い、切り貼り感覚でどんどんループを張ることができるという点と、何と言ってもそのwavファイルのテンポやキーを自由に変更できるという点。

 オーディオ情報であるwavファイルは、カセットテープを思い出すとわかりやすいが、普通はテンポを変えれば音程も変わる。テンポを変えても音程をそのままにするというのは、サンプラーが散々苦労してもなかなか自然にできなかった機能で、それが自在にコントロールできるというのは画期的な出来事だった。ただし、テンポやキー設定を自由にするためには、そのwavファイルはACIDループ用に編集されている必要がある。wavファイルをACIDのループとして編集することを「アシッダイズ」といい、アシッダイズ済みのループを収めたCDが楽器店で数多く売られている。

 テンポやキーにこだわらなければ、普通のwavファイルを張ることもできるし、自分でファイルをアシッダイズすることもできる。つまり、ループ集の素材や自分が演奏した素材に限らず、どんな音素材も自由にループさせることが可能なのである。このことは、単なるループミュージック作成のみならず、そのループ素材を使った新たな作編曲が自由に行えるということだ。この点で、今までのサンプラーを遥かに凌駕している。さらに、MIDI情報を制御するシーケンサーと違い、何と言っても実際の演奏の録音を元にしているため、打ち込みには決して出せない生のグルーブ感があり、しかも楽譜を見ながらステップ入力したりしなくてもいいので、音楽の知識があまりなくてもそれなりの曲を作ることができる。

 もちろん、自分の演奏をハードディスク・レコーディングすることもできる。ループで伴奏させながら、短いフレーズを録音し、それを切り貼りすることもできる。MIDIファイルやビデオ・ファイルも切り貼り感覚で扱える。おまけに、CDR対応であるから、作った曲をすぐにCDにすることができる。
 その急激な人気の高まりに、類似のソフトが数多く生まれ、サンプラーCDの多くがACIDに対応となり、さらに多くのシーケンス・ソフト(例えばSONARと名前を改めたCakewalkなど)もACIDのループを扱えるようになっていて、もはやACIDは業界標準の音楽ツールとなりつつある。こんな素晴らしいものを、何もDJやマニピュレーターたちだけに独占させておく手はない

 別に特定のソフトだけを宣伝する義理はないのだが、MIDIの打ち込みが苦手だった私のようなミュージシャンにこそお勧めできる、とても簡単なソフトなのである。さっそく、私は自分の練習用のバッキングとしてACIDのループを使ったり、「ラグタイム・バンドやりましょう」と誘ってくれた海外のラグタイム愛好家の人とファイルのやり取りをする際に使ったりしている。しかし、いずれはもっとACIDならではの新しい音楽にも挑戦していきたい。

 心配事が一つある。こういうソフトがもっと進化すれば、いずれは演奏家が要らなくなるか、またはACIDの素材を録音するためだけに演奏するような時代が来るかも知れない...。心配し過ぎか。

 なお、13.デジタルレコーダーの巻2(CDレコーダー)の「Clean!」も参照のこと。

 

追加:(2006年3月1日) NEW!!
 私は、『ライブ・ラギング』(2002)以降のアルバムについて、CDR作成に関する録音後の作業を、ほとんど全てPCベースで行うようになった。
 現在の私のマスタリング・ソフトウェアは「Wavelab Lite 2.5」で、そもそもスタインバーグ社の廉価版ソフト「キューベーシス」のオマケについてきたものであるが、シンプルで非常に使い勝手の良い2チャンネル波形編集ソフト。バージョンが2.5になってからは、VSTプラグインが同時に3系統まで使えるようになったので、これもポイントが高い。歌ものではやはりHDRを使っているが、結局最後のレベルやダイナミクス調整などはこちらに頼っているので、実質上全ての音源作成に関わっているソフトである。

 使用しているVSTプラグインはアルバムによってまちまちだが、ほとんど全てフリーソフト。例えば、2005年作の『プレイズ・ロベルト・クレメンテ』のリバーブには、PSPのPianoVerbを使用した。ピアノ内部の残響をシミュレートしているという変わった性質のリバーブだが、私の求める響きにピッタリだった。いつも悩むコンプ/リミッターには、slim slow slider の3バンドコンプレッサーをマスタリング設定で使用。このジャンルのフリーソフトで望める、最も良い選択だったと確信している。

 

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