私の録音機材列伝[後半](2006年3月1日追加)

 2002年11月30日に、一応連載終了しました。ただ、これからも書き足します。

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   前半1-11(カセット・デッキ〜コンピュータ)へ

 

   12.デジタルレコーダーの巻1(DAT)

   13.デジタルレコーダーの巻2(CDレコーダー) NEW!!

   14.デジタルレコーダーの巻3(ハードディスク・レコーダー)

   15.マイクの巻

   16.ピックアップの巻

   17.ベクトル合成マイクアンプの巻

   18.ミキサーの巻

   19.コードの巻

   20.アンプの巻

   21.イコライザーの巻

   22.今欲しい理想の機械の巻

 

 

12.デジタルレコーダーの巻1(DAT)

 DAT(デジタル・オーディオ・テープレコーダー)との出会いは、私の録音機材列伝の中でも特に思い出深いものであるから、少々念入りにご紹介したい。そもそも、ここにたどり着くまでにはいろいろなレコーダーを乗り換えてきた。その変遷はこのページでもご紹介しているが、改めて録音開始時期順にたどれば、次のようになる。
1.カセット・テープ・レコーダー
2.カセット・MTR
3.ベータ・ハイファイ音声
4.ベータを利用したPCM録音
5.DAT
6.(HDR)

 あれ? 今までご紹介していなかったものが含まれているのにお気づきだろうか。3と4のビデオ・デッキ(ベータ)を利用した録音である。一時期(1987〜1988頃)カセットデッキやカセットMTRからのマスタリングに、ベータのデッキを使っていたのだ。ベータ・ハイファイは、ソニーによって開発された画期的な技術で、ビデオの映像トラックに音声を同時記録してしまうというものだった。これにより、それ以前はカセット以下だったビデオの音質が、一気にFMラジオ並に向上したのである。
 これを純粋に音楽記録用としてのみ使う人がどれほどいたかは疑問だが、少なくとも私は、当時のマスター・レコーダーとしてはベストな選択だと思っていた。現在の「最後のペンギン」「ラグタイム・シサム」はこのベータ・マスタリングが基本になっている(音はその後VHSハイファイやDATにコピーしているが)。

 その3はともかく、では4の「PCM録音」とは何ぞや? と思う人もいるだろう。これは、「デジタル録音」をベータ・ビデオで可能にするという機種による録音のこと。一時期、DATが出てくる前あたり、そういうビデオデッキがソニーのラインナップにあったのである。もちろん、ベータ・ハイファイに切り替えることもできた。私はその多機能に惹かれ、1988年頃、その新型の中古を購入した。秋葉原ではなく、御茶ノ水のお店だった。

 

★ ソニー ベータ・ハイファイ(PCM)デッキ(型番失念) 当時の価格は中古で8万前後?

 これは、今思えばベータ・ハイファイの応用的な技術で、おそらくDATの元となったものだろう。ただし、うろ覚えだが、サンプリングレートはDATより低かったはずだ。8ミリビデオでも、同種のPCM規格があった。これは、VHSテープを利用したアレシスのADAT、8ミリビデオテープのタスカムDA98など、現在でも業務用として使われているデジタル・MTRとも、ビデオテープを使うという共通点がある。そもそもDATはビデオの回転式ヘッドの技術を応用して生まれたので、アナログ・ビデオのデジタル音声への応用は、特に驚くにはあたらないかも知れない。

 このベータ・PCMデッキもデジタルレコーダーの一種であるが、いかんせんまだデジタル黎明期の技術であり、エラー補正などの細かいフォローが全然なっていなくて、私が試してみるとあちこちでデジタルエラーが出まくった。ご機嫌の悪いときは、全く音が出なかったりした。本当は『猫座のラグタイマー』をこのデッキで録りたかったのだが、貴重な録音を何度もデジタルエラーでダメにされて、涙がチョチョ切れ、見事に失敗したのである。その後、この機械はハイファイ音声もダメになってしまい、あえなく廃棄処分になってしまった。

 会社が忙しくなってくる中、そんな試行錯誤の日々を過ごしていると、1989年頃、思わぬところから助け舟が出てきた。私と同じ職場の先輩(このページ、見てるかな?)が、「浜田君、DAT買わないかい?」と持ちかけてくれたのである。その先輩がすでに購入していた、当時出たばかりのDAT、もういらないと言うのだ。私がこの時までDATを買っていなかった唯一の理由がその高額さで、20万以上出さないと買えないものだったのであるが、先輩は安く譲ってくれると言う。渡りに船、さっそく譲っていただいた。先輩の家の最寄駅まで行ってDATをいただいたときのワクワクした気持ちは、今となってはよき思い出である。

 

★ アイワ DATデッキ(型番失念) 当時の定価はおそらく20万前後? 私は半額以下で手に入れた

 このデッキに、私は期待以上の衝撃を覚えた。DATと出会ったときのカルチャーショックは、今までの苦労を全てチャラにして余りあるくらいのものだった。とにかく、普通にデジタル録音できるのが素晴らしかった。エラーの少なさにうなった。ダイナミック・レンジの広さと低ノイズにビックリした。インデックス・サーチにひれ伏した。リモコンでの操作も便利だった。何より、何回プレイしても劣化しない音質が、録音する側にとってはありがたかった。

 このDATデッキを手に入れて間もなく、『猫座のラグタイマー』(1989)をデジタル録音した。録音場所は、会社員生活二年目で初めて独立して入居した自分のアパートの一室である。なお、私が今でも自宅録音をメインとしていることに、多くの人は怪訝そうな感想を言うようだ。「え、スタジオで録ってるんじゃないんですか?」という感じ。私に言わせれば、これはまだましな方である。前作の『ラグタイム・シサム』は、何と会社の社員寮で録ったもの。しかも当時は二人部屋だった(これでは夜遊びすらできない)。会社務めの喧騒を逃れ、相部屋の同僚をなだめスカしながら席を外してもらい、休日に何とか時間を作って録音したのは、今思えば若さのなせる技だった。

 しかも、このアルバムは、最初から原音とリバーブ、EQなどのミックスを調整し、その出力をDATに直接繋いで録音し、そのテープをそのままマスターテープとした。何とかしてよい音で録りたいという熟慮の結果、友人の助言にしたがってこのような「ダイレクト録音」を試みたのだ(DATが一台しかないので、こうしないとミックスダウン時の音質劣化が避けられなかったという事情もあった)。今聴くと確かに演奏も録音も粗い部分もあるが、このアルバムは私の代表作の一つと言ってよいもので、内容には満足している。
 その後、原因は不明だがこのデッキは一年ほどで動作不良を起こしたため、次に紹介するミニDATデッキにバトンタッチすることになった。

 

★ アイワ ミニDATデッキ(型番失念、「ストレッサー」とかいう通称だったかな) 当時の定価はおそらく8万前後?

 アイワというメーカーは、いつも消費者がアッと驚くような商品を送りこんでくるので、本当に油断がならない。確か録音のできるカセット・ウォークマンの分野でも、かなり戦略的な商品を送りこんできたという歴史があった。その中でもこの「ミニDATデッキ(ウォークマン)」は、私が最もアッと驚いた商品である。まず何と言っても安い。あのDATが、20万が出せなくて買えなかったハイテク機器がこんな安さで!
 そして小さい。心臓部であるDAT部分、主にアナログ録音のインアウトをつかさどるアンプ部、そして充電池を入れるカートリッジ部に分かれていたが、フル装備してもデンスケの半分ほどの大きさしかない。

 この安さにあまりにもビックリしてしまい、私は何ともう一台買ってしまうという暴挙に出た。ダブルでDATデッキを使えば、高音質でダビングができるので、前のデッキのように「ダイレクト録音」しなくてもよくなるのでは、という考えだったが、どうも一台目の調子がおかしくなってきて、時折テープを噛んだりしたので、これをマスターにするのは危険かもと思うようになった。二台目は無事だと思ったので、ちょうど友人の前澤くんがDATを安く欲しがっていたのでそちらを譲った。よって結局このミニデッキは、音源の録音には全然使わなかったのである。二台も買っておきながらこの体たらく、自分のやったこととは言え、書いていてだんだん自分に腹が立ってきた。なんてバカな奴だったのか...。

 その後、前澤くんに譲った方のミニデッキも動作不良になったらしく、私は平謝り。

 

★ DENON DTR-2000G 当時の定価はおそらく12万ほど?

 最近ブランド名を「デノン」と変更したらしいが、世界の「デンオン」はオーディオ機器メーカーとして光り輝く星の一つである。現在はすでにDATから撤退しているDENONの、当時人気商品だったのがこのDATである。オーディオの総合メーカーらしく、このシリーズとしてDAT、CDプレーヤー、カセットデッキなどのデザインが統一されたものが売られていた。今見ても、ゴールドのボディーと木目調の化粧板がカッコイイ。
 外見のみならず、このデッキには当時最先端の20bitデジタル変換技術が使われていた。放送機器の世界で培ってきたデジタル技術の転用だそうで、いかにもデジタルっぽいキンキンした音が抑えられていて、この音質に私はとても満足していた。

 私のアルバムでは、『月影行進曲』(1990)以降、オムニバスの『アコースティック・ギター/ソロ』(1997)あたりまでの録音に使用し、つい最近(2001)までマスタリングにも使用していた。私の録音機材としてはかなり愛着をもって使った部類に入る機械だった。特に、『海猫飛翔曲』(1995)の録音(1993-1995)では、このデッキと格闘を繰り返したと言っても過言ではない。今でもたまに、これで録音したテープを聞くと、ギタリストとして成長していった自分の歴史に、改めて気づくのである。
 だが、2002年に入って急に調子が悪くなり、テープを噛んだり止まってしまうようになった。耐用年数(こういう機械類はだいたい6年くらいか)はもう過ぎているのだが、あるのが当たり前の機械が壊れてしまったのは、やはりさびしい。

 

★ DENON DTR-100P 当時の価格はおそらく7万ほど?

 おそらく上の機械を買ってほどなく購入した、デンスケタイプのポータブルDATデッキ。DATがまだ選択肢の広かった頃、デンスケタイプは各メーカーから比較的安価に出回っていたので、貸しスタジオの録音などで活用することを目的に手に入れたのである。据え置き型のDTR-2000Gと同じメーカーのデンオン製で、相性はよかったと記憶している。
 もちろん、据え置き型の方が音は良いはずなのだが、小さいのは何かと便利である。埼玉県の貸しスタジオの録音ブースまで、このデッキと後述するマイクアンプ+電源を担いで行ったりもした。全部の荷物を合わせると、肩がちぎれそうなくらい重たくて、計らずも小樽運河までアンプを背負って行くのと同じような難行苦行だった。そういえば、そんなときに限ってよく雨にも降られた。

 この頃の録音ノートが残っているので、少し調べてみると、埼玉在住時代(〜1995年5月)と札幌転居時代(1995年6月〜)では意外に後者の録音も多かった。曲目と録音場所などのデータを一覧にしてみた。この情報は『海猫飛翔曲』のCDには詳しく書いていない。このノートには各エフェクター類のパラメーターも詳細に載っていて、私にしてはかなりマメである。こんなに細かく記録が残っているアルバムは、多分これだけだと思う(あとは、「3月録音」とか、使用ギターが不明とか、結構アバウトな表記のノートが多いもので...)。

《 海猫飛翔曲レコーディング・データ 》 なぜかS-51で録っている曲が一つもない。

曲目 録音年月日 録音場所 録音デッキ マイクのセッティング 使用ギター
航海者の歌 1995-6-24 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
浜風 1995-6-14 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
歌棄の歌 1995-6-28 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Seagull SS-50
思い出のラグ 1995-5-3 浦和・アパート DTR-2000G マイクスタンドを使う Seagull SS-50
ノナとガンゼ 1994-5-28 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Martin M-38
クンネチュ 1994-5-28 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Martin M-38
オタルナイ・ラグ 1995-6-13 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
ラグタイム・ミーティング 1994-6-17 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Fields F-Cutaway
海猫飛翔曲 1994-6-11 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Fields F-Cutaway
シーベグ・シーモア 1993-11-20 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
アイヌモシの雲 1995-6-28 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
フェリーの朝 1995-6-21 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
セレナーデ 1995-6-22 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
リマーカブル・ラグ(outtake) 1994-7-3 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Yamaha LL-45D
ウムレック・ワルツ(outtake) 1995-6-12 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Seagull SO-50
水平線(outtake) 1995-6-13 札幌・アパート DTR-2000G 90度ベクトル合成 Fields F-Cutaway
ケタハタ(outtake) 1994-6-3 Studio Atic(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Kawase D-28S Custom
レインボー・チェイサー・ラグ(outtake) 1994-6-10 Studio ROXY(埼玉) DTR-100P 90度ベクトル合成 Fields F-Cutaway

 黄色の部分から、貸しスタジオのときは、常にDTR-100Pで録っていたことが分かる。このように貸しスタジオも使っていながら、やはり自宅録音の割合が高い。ここにある全曲は、既に貸しスタジオでも録っていたのだが、実はその半分が没になったのである。
 これは、結局ギターソロの録音では、小さくても静かな部屋の環境さえあれば、どこで録音してもそれほど結果が変わらなかったということだと思う。むしろ、スタジオの方がノイズを拾ってしまったりすることもあって、隣接ブースのドラム音やベース音などが、エアコンを伝って響くようなこともあった(今はどうだか定かではないが)。演奏はよくても、そういうちょっとしたノイズのためにその録音をあきらめて、後に自宅録音に切り替えたという部分もあったのだ。

 なお、(outtake) となっている曲のうち、レインボー・チェイサー・ラグは、自主制作楽譜『浜田隆史ギター作品集1』(1996)の別売りテープ(OTR-008)に、そしてケタハタは『オリオン』(2001、OTR-012)に再利用し、残りは没になっている。

 

★ SONY 59ESJ 当時の価格は6万ほど?

 札幌に移り住んだ1995年ごろ、『海猫飛翔曲』のマスタリング・デッキとして購入。その後、現在まで使用されている。さすがに時代が下ると性能も向上されるようで、デンオンの機械にはない機能も付いている。そのうち、もっとも重宝したのはサンプリング・レート44.1kHz録音に対応していること(これも、今となっては当たり前だが)。うまく使えばサンプリング・レート・コンバーターを経由しないCDRダビングも可能である。
 私は、この機械のボタンを押したときのリアクション(「ガツッ」という音がする)が好きだ。これは、些細なことだが機械の好感度を決める重要なファクターである。全体的にもなかなかシンプルにまとまっている、愛すべきデッキだと思う。当然、『オリオン』などの録音に多く使用した。

 ただし、閉口したのは、デンオンとの相性の悪さである。デンオンのデッキで昔録音したテープをこちらでかけると、どうにも細かなデジタルエラーが出てくる。逆も同じ。これにはさんざん苦労させられた。同じDATという規格でありながら、再生に支障をきたすほどの不具合が出るのは、もはや「相性の悪さ」の段階を越えて、互換性の問題にまでなっている。
 結局DATは、残念ながら、音楽を作成する人以外にはそれほど普及しなかった規格なので、多くの愛好家からのフィードバックを受けて改良されつつ良いものが創られる、というサイクルができにくかったのではないか。異なるメーカーとの互換性はハードウェアとしての最低条件であるから、ソニーの機械だけの責任ではないのだが、これは少し残念なことだと思う。

 これから先、DATを使った録音を続けるかどうかは定かではない。なぜなら、もはやHDR(単体レコーダーまたはPCベース)が手軽に使えるようになり、その利点と便利さが私にも分かってきたからである。最終形態がCDであるならば、サンプリング・レート48kHz録音というDATの性能の有利性も薄れてしまう。音質劣化(または変化)の原因といわれている、コンバーターをなるべく使いたくないということもある。実際、2001年のオリジナル(自宅録音)アルバム『夏の終り』のマスターレコーダーはHDRで、一度もサンプリングレートがコンバートされていない。いくつかの部分は、『オリオン』よりいい音になっていると思う。
 このままハードディスク録音になっていくとしたら、私がカセットの昔から繰り広げてきた録音デッキの変遷は、ついにテープ・メディアからの完全撤退という形で終わることになる。

 ああ、テープよ!
 時々ワカメになって私を困らせた、愛しのテープ
 君がクルクル廻るのを見るのは、けっこう楽しかったよ
              〔浜田隆史詩集『テープ挽歌』より(ウソ)

 唯一、DATに勝機(?)があるとすれば、その走行音の小ささが上げられる。HDは、ファンで冷却しなければならないし、最近は小さくなったとはいえ、ディスクの駆動音もバカにならない。集音のよいマイクはそういうノイズを拾いやすい。音素材をDATで録り、その後PCベースで編集&ミキシングしていくというのが、現在の所のベストな選択かもしれない。

 

13.デジタルレコーダーの巻2(CDレコーダー)

 私は現在(2001年3月15日)引っ越し作業中である。こんなに家に荷物があったのか、といつものように再認識しているわけだが、昔懐かしの音楽雑誌が出てきたりして、読み出すと面白かったりして、ちっともはかどらない。そんな中、1982年のFM雑誌がすごく面白くて、読みふけってしまった(昔はこーいうのがあった。ラジオ人口の激減のため現在は絶滅していて、オーディオ関連雑誌が細々と生き残っている)。広告に登場する当時のオーディオ機器はみんなイカしたデザインで、何だか購買意欲がそそられてしまう(レコードの両面自動演奏プレイヤー! サイコー)。アル・ヤンコビックの「Eat It!」なんて、久々に思い出したら爆笑物。ああ、良い時代だった、ってどんどん話が逸れているなあ。

 その雑誌で、「DADプレーヤーがコンポの仲間入り!!」という記事が目についた。これ、すぐに意味の分かる人はいないかも知れないが、「Digital Audio Disc」つまりCDプレーヤーの新発売を記念した特集記事だった。E電とかDCCを思い出させる、泣かせる略称ですな。
 さて、そこで紹介されているCDという新しい媒体への驚きも今となっては微笑ましいが(な、なんとノイズがない!とか)、その再生装置の高額さも驚きだった。最低価格でも18万台、高い物では25万円というのもあった。現在、いくら新しい規格の製品とはいえ、こんな高額な設定ではどんな物でも売れはしないだろう。例えば、現在のDVDプレイヤーの値段と比べてみればいい。当時の日本は高度成長を遂げていた時代だったので、これでも普通だったのだ。

 CDはすぐにレコードに取って代わったわけではなく、その転換期にはいろいろな混乱があったことを記憶しているが、それはまたの機会に述べるとして、CD−Rの話だった。
 CDに録音ができるということを知った1990年代前半、はっきり言って私は他人事のように音楽雑誌の記事を眺めていた。上のCD初登場の時以上に、とにかく高額だったのだ。初期の業務用機械は確か80万くらい、媒体も1000円弱とかで、とても宅録程度に使えるようなレベルではなかった。前項で触れる予定のDATは、1980年代末から比較的安価に流通していて、私もいち早く購入していた。そのため、高額なCD−Rは特に必要を感じなかったというのが本当のところだ。

 しかし、Windows95 を起爆剤としたパソコンの爆発的な普及が、その状況を一転させる。パソコンの記憶媒体の一つとして大量生産されるようになったCD−Rは、私たちにとって大いに身近な存在となった。唯一ハードルとなったパソコンが必須であるという壁も、1998年に民生用CDレコーダーが10万円台で発売されるに至って意味がなくなり、一般の音楽ファンにも浸透した。現在のCD−Rは、業務用はもちろんのこと、MDでは満足できないリスナーたちの需要にも応えている。

 概略はこのくらいにして、私個人のCD−R列伝を述べよう。

 

★ パイオニア PDR-D5(だったかな?) 当時の価格は12万前後?

 浜田家の、私を含めた兄弟たちや母がお金を出し合って購入した。
 実は、この機械を買う予定は全然なかったのだが、当時(1998年秋)私の父が不治の病で入院し、なんとか励ましたり、おもしろおかしい話で気を紛らわせてあげたいと思い、昔から新しもの好きだった父の関心を狙って、小樽からわざわざ札幌のヨドバシカメラまで行って買ってきたのだ(当時はマイカル小樽は建設中だった)。自由業の私の収入がままならないということは、家族のみんなが承知していたということもあったので、家族の共同購入という形になった。父の病室までこの機械を見せに行ったときの心境は、今思い出しても泣けてきて、とても言い表すことができない。
 残念ながら、この新しい機械が動くところを一度も見ることなく父は亡くなってしまった。そんなわけで、このレコーダーはまさに時代の名器であるとともに、私の人生にとって忘れることのできない、とても思い出深いものである。

 後に実感したことだが、デジタルのカン高い鋭角感を抑えたパイオニアの技術は素晴らしく、過去にさんざん泣かされてきたデジタル機器に付き物の「何とかエラー」が起こった試しもない。パソコンのドライブと違ってもともと等倍速でしか回せないので、エラーの要因が少ないということもあるのだろう。民生機でありながら、私はこの録音装置に不満を抱いたことは一度もなく、現在はデモCD作成やマスタリングに文字通りフル回転状態。もちろん新作のマスタリングにも使った。現在は価格もかなり下がっているようだ。
 ただし、録音用CD−Rということで、パソコン装置や業務用に比べて、録音機にも媒体にも著作権料分の金額的上乗せが掛かっているのはやむを得ない。音楽に特化しているCD−Rなので、その信頼性は確かであるから、価格よりそういう安心感を買うべきなのだろう。

 

★ TASCAM CD-RW700 実売価格は4万ほど?

 2001年に購入したタスカムの業務用CD-Rだが、何と言ってもその価格の安さが特筆もの。同じパネルで音楽用(つまり民生CDR)もあるが、断然こちらの方がお勧めである。やはり媒体代が安いのが、あとあと影響するのである(一枚あたり70円台はあたりまえで、CDケース抜きならもっと安く手に入る)。性能的にも申し分なく、特にダイレクト・ダビング(CDのダビングなら、サンプリング・レート・コンバーターを経由せずにコピーできる機能)に対応しているのがうれしい。

 ところが、現在この機械はCD-Rのマスタリング用にはあまり使わず、もっぱらFMなどのエアチェックやCDダビング用としてのみ使用している。買った当初想定していたようなフル稼働状態とは程遠い。それは、2001年のCD『夏の終り』から、私はパソコンでCD-Rを焼くようになったからである。

追加:(2006年3月1日) NEW!!
 さて、2005年には、意外にもこの機械が大活躍した。CD『プレイズ・ロベルト・クレメンテ』 の録音で、私は初めてDATとおさらばして、全ての曲をこのCDRレコーダーにダイレクト録音したのである。しかもその結果、以前より音質が向上したようである。

 思えば、DATとは長いつきあいだった。しかし、CDRと比べてテープはべらぼうに高いし、使い勝手も悪いので、いつも必要悪として使ってきた。ここで、ついに私は録音段階からテープメディアと決別したのである。
 これからもこの方法で録音していきたいと思う。

 

★ スタインバーグ Clean! Ver.2 実売価格は8千円ほど?

 パソコン・ベースの、CD-Rマスタリング・ソフトウェア。ノイズ・リダクションの機能がついているのが、このソフトの最大の売りである。
 CD-Rによるアルバム『夏の終り』(2001)の製作段階で、私はちょうど冬に録音したために、外で焚いていたボイラーなどのノイズが若干気になった。そのため、マスタリングの段階でデジタル・ノイズリダクションを掛けることを目的にこのソフトを購入した。よって、この機械はもともと8.
ノイズ・リダクションの巻に書くべきものなのであるが、これにより「パソコンによるCD-Rマスタリング」の便利な部分を知ってしまったため、いつの間にかそういう用途にも利用することになったのである。

 私のパソコン(現在はDOS/V機)についているCD-Rは、最大12倍速の書きこみと「Just Link」(Burn Proof という他社の機能とほぼ同じようで、エラーの少ない書き込みが出来るらしい)に対応している。昔であればパソコン・ベースのマスタリング作業にはいろいろな不安材料があったが、現在のパソコンの行き過ぎなくらいに良いスペックであれば、音楽に使わないのはかなりもったいない。オーディオ信号としてではなく、単にデジタル情報を処理するだけなのだから。

 さすがに最速の12倍速ではエラーが起きたが、8倍速程度なら全く問題なく書きこめる。スタインバーグ社は、11.MIDIシーケンサーとコンピュータの巻(含むサウンドボード)でも触れている通りPCソフトの分野では歴史のある会社なので、このソフトも全く不安なく使うことが出来る。インターフェースは簡単で、ノイズ・リダクション(これが結構強力でなかなか使える)のコントロールもしやすい。ただ、ウェーブ・データの修正には別のソフトを立ち上げるのがちょっと戸惑うところ。リバーブなどのマスタリング・エフェクトがもっとたくさんあってもいい。さらに、これらの機能が全て同じプラットフォームで集中管理できれば理想的なのだが。なお、このソフトは最近 Ver.3 に上がったため、私もチェックしておきたい。

 8倍速焼き付けの効用は、頻繁にCD-Rを焼く人ならばわかっていただけるだろう。今まで一枚一枚等倍速で焼いていた自分の時間が、とたんにもったいなく、バカみたいに思えてしまう。「何て無駄なことをしていたのだろう」と。
 本当に今まで掛けた時間は無駄だったのだろうか。この先、例えば一千倍速くらいのCD-Rが出てきて、コピーに要する時間が限りなくゼロに近づくようになったとき、私たちの今過ごしている時間はさらに無駄に思えてしまうのだろうか。

 いや、CD-Rを焼いている間ぼーっと待っていてもいいし、別のことをやっていてもいい。今の時点では間違いなく掛かる時間なのだから、せめて少しでも有意義に過ごしたい。

追加:(2003年10月18日)
 2003年の新作アルバム『赤岩組曲』のマスタリングを、現在急ピッチで行っている。
 しかし、問題ができた。現在メインの編集ソフトとしているこの「Clean2.0」と付属の「Wavelab Lite 2.0」では、エフェクト処理、特にリバーブなどの空間系があまり充実していない。前作の『ライブ・ラギング』は全くリバーブを使わず、前々作の『夏の終り』はHDRのエフェクトを使用したので、これは盲点だった。いかに私がリバーブの音質をそれほど重要視していないといっても、ホールとルームなど4種類しかないのでは、さすがに話にならない。プレートすらないのだ。プリセットがいっぱいないと、私のような音響不器用はお手上げである。
 つまり、私も南澤くんにならって、エフェクトまで含めてすべてPCベースのマスタリングをしたいのである。今まで、さんざん単体エフェクトの効用を述べていた人が、大きな心変わりだが、最大の理由は「いちいちPCから離れるのが面倒くさい」ということに尽きる。

 いろいろネットで勉強すると、この「Clean」の最新バージョン(4.0)では、単体でもリバーブ処理ができる上に、あのスタインバーグ社のソフト規格「VSTプラグイン」のエフェクトが2系統まで使えるという。付属の「Wavelab Lite 2.5」でも3系統使えるらしい(どっちかというとこっちが本命)。「VST」なんて別世界の話だと思っていたが、今まで様々な開発者の手で多くのエフェクトが作られてきて、フリーソフトもいっぱいある。こういうサードパーティーを重視する政策が、キューベースを一般的音楽ソフトにした大きな理由だろう。Wavelab(Liteじゃない方)のデモ版でVSTの効用を知ったので、私も遅ればせながら今日にでもバージョンアップして使ってみたい。もう締め切りまで時間がないが、自分の録音は、やはり何だかんだいっていい音で聴いてもらいたいので、選択肢があるのなら最後の最後まで粘りたい。

追加:(2006年3月1日) NEW!!
 私は、『ライブ・ラギング』(2002)以降のアルバムについて、CDR作成に関する録音後の作業を、ほとんど全てPCベースで行うようになった。
 上に書いた通り、現在の私のマスタリング・ソフトウェアは「Wavelab Lite 2.5」で、Clean とは数年前にあっさり決別した(「Wavelab Lite 2.5」については、11.MIDIシーケンサーとコンピュータの巻(含むサウンドボード)にて詳述する)。CDRを焼くPCソフトは、ドライブ添付のソフト「B's Recorder GOLD BASIC」で、私のコンボドライブはDVD−Rが4倍速、CDRは40倍速まで対応している。もちろん、商品を作るとなると、一枚一枚プレイヤーに掛かるかどうかのチェックは欠かさない。

 

 

14.デジタルレコーダーの巻3(ハードディスク・レコーダー)

 アナログ・レコーダーのマルチトラックの項からの続きみたいなものである。
 現在、私がメインで使っている録音機材は、ハードディスク・レコーダー(略号HDR)だ。メンドクサイ機械が嫌いな私にしてはあまり似つかわしくないものかも知れないが、私も一応仕事で音楽を作る立場の人間だから、そんなことも言っていられない。

★ アカイ DPS12 当時の定価は18万9千円

 そもそもこういう機械を買うことになったきっかけは、初めての弾き語りアルバム『私の小樽』(1998)を作るためだった。18.「ミキサー」の項でも触れるが、当時はまだポータブル・ミキサーがあったので、一発録音ならばこれでも充分だったかも知れない。しかし、私はひそかに「アフレコ」というものによこしまな憧れを抱いていた。何か、カッコイイじゃないか。歌もそれほど自信がなく、何回かテイクを代えて、いいものを採用したかった。そこで、HDRがどうしても必要になってきたのである。

 アカイの機械については、以前サンプラーのS-1000で挫折を味わっていたので、ちょっとおっかなびっくりの感じはあったのだが、当時としては「8チャンネル同時16bitリニア非圧縮録音」というスペックを満たしていた民生用HDRはこれだけしかなかった。私は、一にもニにもその性能の良さを見こんで購入したのである。
 それはやはり正解だった。DATで録音するのと全く変わらない音質(48kHz時)は特筆すべきで、音質面で不満を抱いたことは現在まで一度もない。最近は24bit96kHzなどさらに高性能を謳ったものも出てきているが、最終フォーマットがCDである以上、私はこの機械以上に良い性能を望まない。

 標準でついているSCSIインターフェースも便利で、私は内臓JAZドライブの代わりに少々長いSCSIケーブルで隔離した外付けハードディスクによる録音を好んだ。こうすると、ハードディスクの音がマイクにそれほど入らないのである。JAZドライブは、着脱可能なリムーバブル・ハードディスクのようなものだが、媒体が高価な上にほとんど見かけないので、無用の長物になってしまった。今では、このドライブの付いた機械はトンと見かけない。

 アルバム『私の小樽』を例にとり、私にしては特殊な録音方法である歌ものについて、その要点を記そう。

@ まず、普通に弾き語りを2トラックに録音。いわゆる「仮歌」である。仮歌が良ければそのままマスタリングするところだが、『私の小樽』で仮歌をそのまま採用したのは「ギター残酷物語」だけだった。その他の曲は全て、そこからアフレコをしていったものである。「浜田クンのアルバムは全部オーバーダビング無しだと思っていたので、幻滅です」とか言わないでね。

A 仮歌に合わせて、仮歌とは別の2トラックにギターだけを録音。普段ギターソロで緊張感のある録音に慣れているせいか、ここの部分は割とすんなり録れた。

B 最後にギターに合わせて歌を入れていくのだが、問題はやはりここである。軒並み5〜7テイクくらい録りまくり、それでもダメならパンチインアウトで手直しするというお粗末さだった。あの下手くそな歌が、それでも手直しされたものだとは思えない方もいらっしゃるだろう。その複数テイクを取るときに活躍したのが「バーチャル・トラック」である。これは本当のトラックに自由に差し替えられる仮想トラックであり、DPS12では何と250個も作ることができる。つまりダメな録音を250回もやり直すことができるという恐ろしい機能であるが、そんなに歌ったら死んでしまうので、適当なところで妥協したのである。
 このバーチャル・トラックは、間奏のギター・ソロやマンドリン・ソロにも活用して、なかなか便利に使うことができた。

 そうこうしているうちに、私はDPS12の基本的な作業に少しずつ慣れていったようで、その後のアルバム『オリオン』でも全面的に使用した。ただし、オリオンの録音方法はほぼDATがメインで、DPS12はむしろミックス・ダウン時の「エフェクター付きデジタル・ミキサー」として使用した。この作業の前に、インターネット経由でDPS12をバージョンアップしていたおかげで、新たに追加された機能を上手く利用できたのはラッキーだった。

 この機械の性能については、以上のようにかなり満足して使っている。ただし、このページで再三述べているように、使い勝手(マン・マシン・インターフェース)の部分での不満は、残念ながら少なくない。
 この機械の液晶画面は少し小さく、バックライトやコントラスト調整もないため、はっきり言って見づらい。パネルがすっきりとしてきれいなのは好感が持てるが、肝心のミキサー操作になると例によって「階層式インターフェース」になってしまうのがよくない。エフェクト操作、PAN調整、イコライザーなど、ほとんどのパラメーターはページをめくり続けることで確認しなければならず、要するに今このトラックがどういう状況にあるのかということを直接把握するのに、かなりの時間がかかってしまうのだ。いくらこういう機械に慣れているプロであっても、機械の状況把握がスピーディーにできるかどうかが、その後の作業の質に影響するだろうと思う。

 例えばパネルにもっとスイッチを増やして、せめてEQ、PAN、AUXのページくらいはダイレクトに飛べるようにして欲しかった。そうすれば、少なくとも「ミキサーとしての使い勝手」は向上するだろうと思う。私は、あるトラックのPANを左右に振ったつもりが、こちらのミスで中央に戻ってしまったことを確認できず、おかげでミックスダウンを途中でやり直したという苦い経験があるので、敢えて言わせていただいた。スイッチやつまみをむやみに少なくしてしまうことは、デジタル機器の陥りやすい欠点かも知れない。

 

★ フォステックス VF08 購入価格は約4万円

 前の「アカイDPS12」でおしまいと思った方、意外にも実はもう一台あるのだった。といってもこれは最近(2001年11月)買ったもので、その名も「デジタル・マルチトラッカー」つまり、以前にここで紹介した「アナログ・マルチトラック・レコーダー」と同じようなフィールド(特に宅録派のギタリスト)の用途を想定した、簡易HDRと言える。ところが、これがなかなかの優れものなのだ。私は、久しぶりに買ったこのフォステックス・マシンを、手放しで歓迎したい。

 私は、デニッシュさん(『過去の共演者ご紹介』参照)の突然のインド帰国がけっこうショックだった。「何でデニッシュさんと自分のライブをいつも録音していなかったのだろう?」と思い始めた。そこで、自分のライブ演奏を自分で録音して、少しでも使える音源をストックしていきたいと思うようになった。そのため、この機械を買う前に「ポータブルDATデッキ」を調べたのだが、ウォークマンタイプでも約6万円、デンスケタイプなら軽く10数万円と、決して安いものではなかった上に、店頭ではあまり見かけないものだった。

 そこでいろいろ検討した結果、最終的にこの小さなHDRを、DATの代わりに録音機器として持ち歩こうと決めたのである。電池ではもちろん動かないが、ライブ会場でコンセントがないという場所はまずないだろうから、ちょっと電気をお借りするくらいならいいだろうと考えたのである。
 大きさはアカイを一回り小さくしたもので、持ち運びに便利。よく見ると底にきちんとした空きスペースを作っていて、HD(ハードディスク)の放熱対策が考えられている。そのHDは、かなり静音設計になっているらしく、アクセス音はほとんど気にならない。どうしてこんなに音が小さいのか不思議で、造った人に訊いてみたいくらいだ。

 そして、同時入力は2トラック(ファンタム電源内臓)のみというのが素晴らしい。ここをウイーク・ポイントに挙げるような多録派は、このマシンを使う必要はない。あくまで録音の基本は2トラック! そう割り切って使える人ならば、この目的を絞った賢い機械は理想のレコーダーとなるだろう。16ビットリニア非圧縮44.1kHz録音で、アカイのDATクオリティーにはかなわないものの、音質的にも本格派。CDクオリティーはもちろん確保されている。標準装備の10GBハードディスクは、2トラック・ステレオ換算なら15時間は録音できる。40GBなら何とその4倍となり(1プログラム24時間までという制約はあるが)、こまめにSCSIにセーブする人ならそこまでデカイ容量はまず要らないだろう。
 最初、このマシンにSCSIはオプション(1万円)だったのだが、今では最初からSCSIボードが差されていて、ソフトウェアのバージョンアップまでされていてこの値段だから、破格の安さである。

 何より一番いいなと思ったのは、その使いやすさ。ボタンが行きたいページ別にちゃんと用意されていて、エフェクトもPANもEQもロケーション・マップも、全て直にジャンプして確認できる。2ページ、3ページとクリクリめくるような作業は、基本設定の作業を除いてほとんどないのだ。作業の流れも2トラック録音→トラック交換→1〜6トラックを7/8トラックにピンポン→マスタリング(マスタリング専用のエフェクトが別に付いている)と、かなり合理的でわかりやすい。これは、カセットMTRの時代から培ってきたインターフェース技術の賜物だろう
 エフェクターの数も、空間系中心に絞っている。マスタリングにしか使わないようなコンプレッサーはマスタリング・エフェクトにしかなかったり、なかなかいいセンスを感じる。この先一生使わないようなエフェクトをいっぱい並べ立てられる「高性能HDR」より、よほど実用的である。もちろん多機能ではないという制約はあるものの、先のアカイのマシンより使いやすいことはまず間違いない。

 私は、このマシンが可愛くて仕方がない(今もほおずりしている)。これからどんどん使っていきたいという気持ちにさせられる、久しぶりのヒット商品だ。

追加:現在、試みとしてこれをマスター・レコーダーに使っているが、やはりどんなものにも一長一短はあるようだ。手放しで褒めちぎっていた先ほどの文章に、少しバランスを取る意味で付け加えたい事柄が出てきた。それは、ミキサーの部分の基本性能についてである。
 さすがに廉価版のHDRだけあって、ここの性能にはそれほど期待していなかったのだが、案の定、私の求めるレベルとは言えなかった。私は自分の持っているマイクアンプ(マイクアンプの項参照)の出力をアンバランス・インに繋いでいるが、ライン信号のはずなのに、トリムの位置をかなりマイク寄りに上げないと適正なレベルになってくれない。また、そうした場合のSN比がアカイに比べてちょっと悪い。純オーディオ的に見た場合の性能では、やっぱりアカイのマシンに軍配が上がり、価格に応じる性能差を感じた。
 やはり、この機械はその「ポータブルかつ安価」という長所を買うべきなのだろう。

 

15.マイクの巻

 例えばカメラのレンズ、レコード・プレーヤーの針、カセット・デッキのヘッドなどは、その機械が働くための、最も肝心なものだと言える。録音機材としての本当の入り口であり、最も大事なもの、それはマイクロホン(マイク)である。当たり前のことだが、マイクの性能がダメでは、その後でどんな優れた機材を使おうとも、いい録音などできるはずがない。
 しかし驚くべき事に、つい最近になるまで、アマチュアレベルでも使えるような価格帯での本物志向のマイクは皆無だったと言える。昔はほとんどの楽器店に行っても、バカ高いギターやアンプはたくさんあるのだが、マイクは1万2万と言ったカラオケで使うようなものしかおいてなかったのは、どう考えても変だった。例えばノイマンのような名高いマイクを店頭で置いてある店は、私が見てきた限りでは秋葉原にある専門店くらいのものだったと思う。これは、今考えると音楽業界の失策だったと言わざるを得ない。みすみすビジネスチャンスを見逃していたか、「高いマイクは売れない」などと消費者を見くびっていたのだと思う。

 普通のマイクには大きく分けて「ダイナミック・マイク」「コンデンサ・マイク」の2種類があり(本当はもっとあるが)、うち安いものはダイナミックが多かった(いわゆるカラオケ・マイクはこのタイプ)。ダイナミックも良いものは高いのだが、当時はそんなことは知る由もなかった。私も最初は、父が使っていた安物のダイナミック・マイクを使っていたが、生ギターの高音が全然録れなくて、すぐ次のマイクを探すことになった。
 高音が録りやすいのは「コンデンサ」の方である。コンデンサ・マイクにも、乾電池で動作する「エレクトレット・コンデンサ」と呼ばれる廉価版のマイクがあり、私は『最後のペンギン』を作る前にまずこれを手に入れた。

 

★ FOSTEX M650(型番失念) 当時の価格は1本3万前後

 確かに、高音はまだましだった。しかし私は、自宅で録音を始めるようになってから、いいマイクが店で全く手に入らない状況が悔しくて仕方なかった。これで満足など、とてもできなかった。ギターが50万円で、マイクが3万円という世界は、考えてみたら異常である。もっと言えば、価格は逆の方がいい録音ができると思う。
 その後またダイナミック・マイクを買って変化を狙ったりした。ご多分に漏れず、流行りのピックアップのミックス・システムを試したりもした。しかし音的には全然満足できなかった。待っていればこういう状況が変わるとも思えず、「マイクアンプ」の項でも出ている「ミュージック・デザイン」社に思い切って相談して、業務用のマイクを手に入れることになった。それが以下のマイクである。

 

★ TONE CRAFT 2120 当時の価格は1本13万前後?

 最初は、名高いノイマンのマイクが欲しかったのだが、当時1本30万円近くと高価な上に独特のクセがあり、かつ管理が難しそうだったので、勧められてこのマイクを手に入れた。比較的小さい口径の、細長いマイクだ。その頃は、コンデンサ・マイクにはファンタム電源が必要であるという事すら知らなかったのだが、そういう人間がよくも思い切って購入したものである。
 トーンクラフトというメーカーは現在に至るまであまり知られていないようだが、測定用マイクの分野で活躍する日本のメーカーらしい。他のメーカーのマイクと聞き比べてみても、全くクセのない、高度にフラットな特性、高音のクリアで自然な集音が抜群だった。このマイクはその後いくら使っても全く不満がなく、クセがないため飽きると言うこともなく、『ラグタイム・ギター』(1992)以降、現在に至るまで私の録音を支え続けている名器である。「デジタル時代のマイクには、フラットな特性が求められる」という当時の畑野さんの先見性に、今改めて気付くのである。

 

★ SHURE BETA58M 価格は1本2万前後?

 このダイナミック・マイクは、数年前に「歌もの」を録る目的で買ったもの。ダイナミック・マイクと言えばやはりシュアーというくらい有名なメーカーで、敢えてここで触れることもあるまい。ギターのように高音の自然さが決め手の楽器音の収録ならやはりコンデンサを使うべきだと思うが、人間の声や打楽器などの音源なら不思議なことにダイナミック・マイクと相性が合うのである。もちろん、歌ものの『私の小樽』では全面的に使用した。

 数年前、オーストラリアのメーカーRODEのコンデンサ・マイクが画期的な低価格で登場し、それ以降各メーカーが安価でかつ良質なマイクを次々と作りだした。10万以下でノイマンのような大口径のコンデンサマイク登場なんて、昔は夢みたいな話だったが、そこからさらにあれよあれよと言う間に価格破壊が進んでしまい、現在の廉価版マイク市場の充実ぶりは目を見張るばかりである。特に何と言っても、店頭で実物を見て検討できるということは、とても重要だと思う。店頭に並ぶことによって、一般の認知度も上がり、マイクに対する考え方も変わってきたのだと思う。昔、マイクの入手で苦労したことを考えると、私は今の人たちがとてもうらやましい。

 

16.ピックアップの巻

 私は、ギターに付けるピックアップの音があまり好きではない。マイケル・ヘッジスが使用して注目された、かの「サンライズ」のマグネチック・ピックアップが登場してからというもの、この手のテクノロジーをいろんな人から数多く紹介されてきたが、どう努力しても自分ではなじめないのである。これはもちろん好き嫌いの話であり、理論的な理由を的確に説明することは難しい。何回か書いていることだが、私は哲学的にマイク派であり、ピックアップは「必要悪」だとしか捉えていない

 ピックアップを使わなければならないという状況は理解しているつもりだ。広い場所でハウリング対策が取れないようなときに、ハウリングが起きないピックアップの力が必要になるときがどうしても出てくる。また、常に一定の位置から動かずに弾かなければならないマイク録りよりも、ステージ上の自由度が高い。ピックアップの音は生音のマイク録りよりも周波数の幅が狭く、エフェクト処理もしやすい。
 一つのみでは狭いピックアップの周波数帯域を、マグネティック・ピックアップは重低音、ピエゾ・ピックアップは中・高音域という分担でミックス(ブレンドとも言う)をするというやり方は、レンジの広い音作りができるため、未だに多くのフィンガースタイル・ギタリストが基本的に取り入れているシステムである。ギターを叩くような特殊奏法の音を良く拾ってくれるのも利点の一つだ。あとは多少のエフェクト機材があれば、どの会場でも自分の意図したサウンド・メイクができるため、確かに利点は大きい。

 しかし、私は全くと言っていいくらいギターを叩かない。私はギターを座って弾くので(高校生の頃からクラシック・スタイルで弾いているのです)、マイクから離れて暴れ回ると言うこともない。ギターという楽器は、もともとそれほど低音の出ない楽器だと思っているので、ギターの自然に反して無理やり重低音を響かせようとは考えていない。さらに、私のプレイ・スタイルでは比較的音数が多いため、リバーブやコーラスなどのエフェクトは邪魔になることが多い(アルバム録音でも、多くの曲には最小限しか掛けていない)。曲によってエフェクトの種類をポチポチといじくるような、凝った性格でもない。
 これは人によっていろんなアプローチがあるだろうから、正しいとか間違っているとかいう話ではない。自分の音楽スタイルにとって、どういう音が一番適しているのかを考えたとき、それぞれのギタリストがそれぞれの結論を出す。そういうものだと思う。もし私が、これらのテクノロジーを必要だと思うような曲を作ったときは、もう一度勉強する余地はあるかも知れないが。

 そんな訳で、私が列伝を書くほど使いこんだピックアップは、以下の二種のみである。

★ K.YAIRI HS-WALTZ 価格は3万前後?

 このピエゾ・ピックアップは、1989年ごろカワセ楽器に勧められて、当時所有していたシーガルのD-18タイプのギターに取り付けてもらった。それまで使っていたピエゾに比べて、なかなか自然だなと思ったのである。私の好みの音色だったので、カセット『月影行進曲』(1990)の録音のほとんどにこれを使った。主にピックアップで録音したアルバムは、後にも先にもこの一枚のみである。その選択の可否は、リスナーの皆さんにお任せするので、CD『猫座のラグタイマー&月影行進曲』で是非ご確認のほどお願いいたします(さりげない宣伝)。その後、肝心のギターを下取りに出して別のギターを購入したため、このピックアップとは縁が無くなってしまった。

★ HIGHLANDER IP-1 価格は1本3万ちょっと?

 これもピエゾ・ピックアップで、私が現在仕事で最も多く使用するヤマハの S-51 と FG-140 に取りつけている。なぜこのピックアップを使っているかというと、答えは一つ。出力する音量(ゲイン)が高いのである。以前、モーリスで試した B-BAND のピックアップに比べても、かなり高いゲインだった。これは、屋外で非力なアンプを使っている私にとって、何よりもありがたいことである。いくら音質が良くても、音がお客さんの耳に届かなければそれまでなので、私がこれを使う意味はある。音質の方は、...その評価はまたもリスナーの皆さんにお任せ。

 以前、運河のお客さんがライブに来てくれた時、「ピックアップじゃない音の浜田さんを聞いたのは初めてです」と言われて、ガガ〜ン、結構ショックだった。言われてみれば確かにその通り、このピックアップを毎日鳴らしているのだから、これが普段の私の音と言ってもいいのかも知れない。
 なお、「アメリカ日記」にも、B-BAND のシステムについて感想を書いているので、ご一読を。

 

17.ベクトル合成マイクアンプの巻

 このへんで、私の録音設備を語る上で絶対欠かせない機材をご紹介したい。言ってしまえば単なるマイクアンプなのだが、おそらく世界に一台しかないキワモノ、いやいや、ユニークなものである。

 さて、その前に「マイクアンプ」のことをちょっとだけ概説したい。マイクの信号はライン信号よりもかなり弱いため、ラインのレベルまで増幅しなければならない。その増幅をするのがマイク信号専用のアンプ、つまりマイクアンプである。
 宅録派が使う廉価版のミキサーに付いているマイクアンプは、やはりおまけのようなものが多く、どうしても単体のマイクアンプを使う必要が出てくる。通常の純オーディオ用アンプのように、そのグレードは様々(上の価格は天井知らず)であるが、ここにそれほどお金をかけない人は多い。音を変えたりするような派手な機材ではなく、安いものでもちゃんとしたラインレベルで音を出してくれるから、無理もないことである。私も、くどいようだが聞き分ける耳はそれほど良くないらしいので、今の機材は猫に小判状態かも知れない。

 サンレコマガジンで「ミュージックデザイン」社(現 Total Music Design)を知ったのは1990年頃だったと思う。最初は、先に紹介したサンプラーFZ-1のソフトに釣られておじゃました。お店の中は、お店と言うよりスタジオそのものであり、制作中の超高級コンブやマイクアンプなどがごろごろしていて、まさに音の求道者のたたずまいがあった。店長の畑野さんは、音へのこだわりと熱意にかけては、日本広しといえども誰にも負けない人で、私は魅せられていった。畑野さんの手作りで生まれたこだわりの録音機材が、当時から音にこだわるプロたちの要求に応えていたということもあり、私もマイクの注文および高級マイクアンプの制作を依頼することになった。

 

★ ミュージックデザイン ベクトル合成マイクアンプ(と電源)

 価格はヒミツ。私があらゆるオーディオ装置にかけた中で、最高金額とだけ言っておこう。清水寺から飛び降りてしまったのだが、これを購入したのが会社員時代で良かった。
 これは畑野さんの手作りで、ファンタム電源とアンプが別になっている。2つで一組だ。どちらも弁当箱よりやや大きいという感じで、ゴツゴツしている。アンプには、つまみはボリュームしか付いていない。このつまみがまた、まるで理科の実験器具みたいですごい。味気ないルックスが、とてつもなくマニア好みである。
 なぜ「ベクトル合成」かというと、このアンプは、長方形の先が三角に出っ張っていて、そこに2つのマイク端子(Cannon)がちょうど互いに90度の角度に付けられている。これだけでおわかりの方もいらっしゃると思うが、2つのマイクをその角度に繋ぐと、ちょうど人間の2つの耳の角度と同じになるらしいのだ。つまり、一種のバイノーラル録音(人間が聴いているそのままの音場を再現することを目的にした録音方法)を目指しているところが、このアンプの最大の特徴である。

 普通のバイノーラルでは、人形の耳の部分にマイクをセットすればいいのだが、これは音の進入角度にまでこだわり、また人間の耳と耳の間、つまり頭の「狭さ」を再現するために、二つのCannon端子は限界まで接近している。真のバイノーラル録音(畑野さんはこの方法を「ベクトル合成」と言う)を実現するための哲学と、それを貫く技術に脱帽である。さらに、マイクにマイクコードを繋ぐことによる音質の劣化を根絶するため、このCannon端子には Tone Craft 製の細長いマイクが直に突っ込めるようになっている。これなら絶対にコードによる劣化は起こらない、って、ないんだモン、当たり前か。
 さらに、ミュージックデザイン製であるから当然だが、純オーディオ的な技術と材料が惜しげもなく投入されている。トランスだけは「もっといいのも入れられるけど?」と問われたが標準のままにしていただいた。この手の機械は、性能の向上には際限がないのである。

 おかげで、私は「マイクアレンジによる音作り」という考え方からほぼ開放された。このマイクアンプを、作者の想定した使い方で使う限り、基本的にマイクアレンジはほとんど必要ないのである。強いて言えば、マイクから近づくか遠のくかの選択しかない。いい音の録れるポイントを探して試行錯誤したり、エア・マイクを持って部屋中駆け回ったり、パンをクルクル回したり、ラインとマイクのミックスをああでもないこうでもないと悩んだりということが一切なくなったのだ。その代わり、録音する場所の優劣、ギターの鳴り、自分の演奏技術といった当たり前の要素が、そのまま録音のクオリティーに直接影響するようになった。ともあれ、この録音には、恣意的な定位がほとんどなされていない。私のCDのリスナーは、私がギターを弾いているのを同じ場所で、そのままの音で聴いていることになる。
 バイノーラル録音の欠点は、常にリスナーはステレオ装置の中央にいなければ効果が最大限に発揮できないということだが、それは普通の録音だって大同小異だ。1曲聴くのにずっとまっすぐ坐っていられないような人は、音の定位のチェックなどできるはずがない。

 この「ベクトル合成」は、器楽独奏で音楽を作っている私のような音楽家にとって、一つの選択肢である。「ベクトル合成」の是非については、色々な人がそれぞれのご意見を持たれるだろう。「マイクアレンジ」は、録音の資質が問われる最も肝要な技術であるから、その重要性を否定するつもりは全くない。しかし少なくとも私にとって、録音でイチイチ悩むことなく、ギター演奏や作曲に専念できるようになったことは大きかった。もちろん、全てベクトル合成で使っているわけではなく、変化を出す意味でマイクスタンドを使うときもたまにあるが、だいたいは標準状態で使っている。
 言うまでもなく、1992年の『ラグタイム・ギター』以後は、現在に至るまで全てのアルバムで使用している。

 そういえば、ミュージックデザインさんには、もうずいぶん長いことお伺いしていない。特に Total Music Design に社名変更されてからは一度もお伺いしていないのだが、私はこの優れた録音機材を作ってもらったことに今でも感謝しているし、この機械を選んだ私の耳もそれほど捨てたものではないのだと言うことを、内心誇りに思っているのである。

 

18.ミキサーの巻

 4.「コンプレッサー/リミッターの巻」で触れたコンプレッサーと同じく、一般人はミキサーと言えばミックス・ジュースを作るあのミキサーを思い出すかも知れない。またはセメントを入れて走るミキサー車でもいい。音響機器の業界が普通の人に意外と縁遠いのは、こういう専門用語に訳語を放棄したためだと私は思う。その点は、(「画面」と言わずにわざわざ「ディスプレー」という英語を使うような)パソコンの世界と似ている。要するに音を混ぜるための機械なのだから、「混音器」とか「混波器」とか、その気になればいろいろ考えられそうである。

 私は現在、14.「デジタルレコーダーの巻3(ハードディスク・レコーダー)」で触れたアカイのハードディスクレコーダーや、13.「デジタルレコーダーの巻2(CDレコーダー)」の Clean! を使ってミキシングしているため、単体のミキサーというものは使っていない。過去購入した単体ミキサーは、以下の通りである。

 

★ タスカム M-06 価格は3万前後?

 最初のアルバム『最後のペンギン』(1986)から『月影行進曲』(1990)まで使用した、タスカムの廉価版ミキサーの名機。宅録派のよき味方であったこのミキサーは、6チャンネル式。この上位機種の M-08 は、未だにカタログに載っていて現役である。M-06 はバランス入力がなく、ファンタム電源も未装備。今となっては古い機械の印象をぬぐえないが、録音をやり始めていた頃の私にとっては充分な機能があった。エフェクト・センド・リターン、トリム、パンといった専門用語を、使いながら覚えていったのである。

 思うに、この機械が名機たり得ている理由は、機能もさる事ながらその可愛いデザインにある。肩幅より小さいくらいの手ごろな大きさで、ひょいひょい持つ事ができた。しかもパンとフェーダーしかないような簡易ミキサーではなくなかなかの本格派で、EQはローとハイを装備、メーターも針式で高級感があった。今でこそ、サウンドクラフトやマッキー、ベリンガーといったメーカーのコンパクト・ミキサーが隆盛の時代だが、当時私の目に止まったのはこのM-06くらいのものだった。宅録がまだマイナーな趣味の時代、普通のミキサーは、少なくとも二人掛りでないと持てないような大掛かりな機械だったから、市販レベルで初めてコンパクトさ・手軽さを実現したM-06の先進性は、大いに賞賛すべきだ。

 このミキサーは、次のミキサー購入と共に、例によってお払い箱になった。合掌。

 

★ サウンドクラフト(型番失念) 価格は6万前後?

 このミキサーは、スタジオで使われる業務用ミキサーの世界で活躍するサウンドクラフトの、初めてのコンパクト・ミキサーだった。取っ手の付いた、薄型の洒落たデザインだが、最大で12チャンネル使用可能、ファンタム電源、二系統のAUX、3バンドのEQ(うち、中音域はパラメトリックEQ)を装備など、その機能は業務用に決して引けを取らない本格的なもの。明らかにタスカムの廉価版より高音質だった。
 特筆すべきはそのEQの性能で、なかなか上品にかかるため、私は結構利用させてもらった。ただ、上品過ぎて掛かりが悪いという見方もある。またファンタム電源は、安いコンデンサマイクが出回っている今でこそ、あらゆるミキサーの必須項目になりつつあるが、私の記憶が確かならコンパクト・ミキサーでこの機能を搭載したのはこれが初めてだったと思う。

 唯一の欠点といえることがあった。それはEQやパンなどのつまみのキャップが取れやすいこと。たまに持ち歩いて箱から出すと、ポロポロとおはじきのように取れてしまっていた。ちゃんと接着すれば良いものを
 また、バランスやステレオタイプの標準ジャックは、結線する際に少し分かりにくいかも知れない。実際、私は理解するのに時間がかかった。特にバランス接続は流す方と受ける方がちゃんと信号を合わせないといけないので、慣れていても急いでいるときは間違えてしまうということがありえる。大会場で使う大型ミキサーならともかく、このくらいの規模のミキサーであれば、バランスにこだわる意味は余りないと思われるので、多少ジャックが増えてボディーが大きくなってもモノラルの標準ジャックに統一して欲しかった。バランス接続は、キャノンコネクタ装備の方がわかりやすいと思う。

 私は『歌棄の歌』(1994)から『海猫飛翔曲』(1995)、そして私がプロデュースしたオムニバス盤『アコースティック・ギター/ソロ』(1997)で使用した。
 その後、アカイのDPS12購入と共にあまり使わなくなり、数年前に友人の前澤君に譲った。ここだけの話だが、明るくダイナミックな性格の前澤君は、ど〜うもチマチマした機械の操作が苦手なタイプのようで、このミキサーがその後彼にちゃんと使ってもらっているかどうかは定かではない(?)。

 

19.コードの巻

 この「録音機材列伝」は、曲がりなりにも録音に使った「機械」のたぐいについてご紹介してきた。しかし、大事なものを忘れていた。その機械と機械をつなぐもの、コードである。
 コードといっても、オーディオ用のコードだけでなく、その種類は様々。デジタル用の光ケーブルや同軸ケーブル、マイクのコード(標準やキャノンコードなどピンからキリまで)、フットスイッチのコード、電源コード、MIDIケーブルなど。機械類の内部にだって配線用のコードはいくらでもあるだろう。さらに、デジタル機器が登場する時代になってSCSIやUSB、IEEE、パソコン内部のボード類で使う接続コードなど、その種類はさらに増えたといってもいい。私の道具箱には、これから先二度と使ってもらえないような、ぐちゃぐちゃになった各種コードがとぐろを巻いている。どこに何があるのかよくわからない状態だ。

 このコードは、今までの「録音機材列伝」と決定的に違う点がある。それは、コード自体が積極的な価値を生み出さない、つまり「本来は無い方がいいもの」であるという点だ。このコードというものの存在が、余計な抵抗や雑音、エラーやタイムラグなどを生み、音質劣化の原因の一つになりやすいことは誰もが認める所である。
 そこで素朴な疑問。そもそも、なぜにコードで機械類をつながなければいけないのか。電源コードはともかく、コードを全くもしくはほとんど使わない機械作りが何故できないのか。おっと、これは追って記す「理想の機械」の範疇に入ってしまうかもしれないが、例えば「ラジカセ」「システムコンポ」などの安い機械に、むしろそういう条件を満たしているものが多いのは意外なことである。

 オーディオの本質として、本来無い方がいいものに高い金を出すのは今一つ納得できないが、やはりコードの品質をケチってしまうとよくないのはわかっている。私は昔から、バカ高いものを使うことは無かったが、せめてなるべく短いコードを使うことを心がけてきた。
 そんな中で、私が購入に当って思い出深かったコードを数種類ご紹介しよう。

 

★ RCAピンジャック→標準ジャック(モノ、1.5m)  秋葉原のコード専門店で一本500円?ほどで購入

 17.「ベクトル合成マイクアンプの巻」でご紹介した特注マイクアンプの出力端子(標準プラグ)とDATの入力端子(RCAピンプラグ)を繋ぐために購入。この取り合せのコードは、なかなか普通の店には置いていない。なぜなら、普通はピン→ピンのコードに加えて、ピンジャックを標準ジャックに変換するアダプターが使われるからである。しかし、この変換アダプターというものも音質劣化の原因であると、このページでたびたび登場してもらっているTMDの畑野さんから教わったので、その足で秋葉原へ行ってきたのである。

 秋葉原の駅前は、神田の古本屋街、御茶ノ水の楽器店街と共に、東京の中でも特にお気に入りの場所である。オーディオやPCはともかく、電気部品関連には全く詳しくないのに、人々の熱気がまるで自分のもののように感じられて好きだ。つい、要らないものまで買ってしまうそうになる(いや、実際に何度か買った...)ワクワクした市場の感じ。これまた電気とはほとんど関係のない、生活雑貨ばかりを扱った「街頭実演販売」もここで見ることができる。テレビショッピングなんか目じゃない、大見得を切る人達の話術と芸を、横目で見るのも楽しい。きらびやかな大型家電量販店に囲まれても、この雑然とした長屋の感覚は変わらない。

 小路に入ると電気関連部品のお店がひしめいている。抵抗がどうの、トランスがどうのと言っている真剣でちょっと不気味な人たちが、鈍い動きで渋滞している。私がコードを買った、八百屋のようなたたずまいのお店もその中にある。このコードを買うときも、店先にぶらさがっているコードの束がまるで野菜か干し魚みたい。「はい、これね!」と取ったコードは、計らずも新聞紙に包んで渡された。私は、ほのかな詩を感じた。

 そういえば、私は工作の類は全く苦手な人間だが、まだ小学生の頃、札幌の狸小路にあった唯一の電気部品のお店でラジオの部品などを買ったことがある。幸運にも親に買ってもらった電子ブロックに触発されて、ちょっとかじってみたのだ。ラジオは無念にも完成しなかったと思うが、そのおかげでハンダ付けの真似事だけはできるようになった。接触不良になった父の標準ジャックを直したりして誉められ、ちょっとだけ自慢できたことを覚えている。そんな懐かしいおもちゃ箱のような感覚を、ここにくるといつも思い出すことができる。

 

★ RCAピンジャック→RCAピンジャック(3m)  札幌の家電量販店で一本3000円くらいで購入

 いわゆる普通のオーディオコードなのだが、やたらに長いものは音質も良くない。これは3メートルというかなり長めのコードなので、その意味ではなるべく使わない方がよいコードだ。
 しかし、そんなことも言っていられない。オーディオ哲学はどうあれ、部屋の間取りはなかなか変えることはできない。人間の生活は自由であるべきもの、たかがオーディオコードの寸法くらいで、思い通りの生活を制限されるわけにはいかないのだ。このコードは、現在の借家に越してきてから、オーディオの配置の都合上どうしてもその長さが必要になってしまったため、やむなく購入に迫られた。

 2001年春、何となくいやな予感を感じながら、近年建設ラッシュとなっている札幌の家電量販店の一つを物色すると、やはりというべきか、鬼のように高価なコード(いや、ここでは「ケーブル」と言わないといけないらしい)がいっぱいあった。何で1メートルで2万円もするの? 3メートル買ったらHDRがもう一台買えてしまう。高級オーディオケーブルの売場は、不思議に人が避けて通る空間のようであり、何だかぶるっとトイレに行きたくなるくらい寒々とした人気のなさ。どうやらいやな予感が的中したようで、私のような貧乏人にはあまり関係のない場所だった。

 高価な理由は確かにわかる。構造的に同軸ケーブルをさらに進歩させた二重・三重の作りになっている点、材質も純度を極限まで追求している点など、さらにそこまでこだわる分かなりの少量生産になるだろうという点も考えなければならない。しかし、そこまでやられると逆に、最初の疑問に立ち返ってしまう。「本来無い方がいいもの」に高い金を出すことに、どれだけの意味があることなのか。だいたい、業務用の「バランス伝送シールド」に対応した機材でない限り、つなげる機械の方だって普通のピンプラグ(アンバランス伝送)なのだから、ケーブルと端子の考え方が合っていないような気がする。よほどいいものを使っていない限り、ほとんどの機械は「ケーブル負け」してしまうだろう。

 ケーブルにあまり力点を置きすぎると、私のオーディオ哲学は崩壊しそうになってしまう。オーディオ哲学はそれぞれの人が様々なレベルで持っていていいのだが、私はそれを宗教にまで高める気はない。ケーブル一本で変わる音質など、あからさまにひどい違いでなければ、少なくとも私にとってはどうでもいいことなのかも知れない。
 そんなわけで、まあまあ良心的な作りの、某社のケーブルを購入したのがこれである。ただし、録音というよりはCDプレイヤーをちょっと離れたアンプにつなぐためのもので、手元でプレイヤーを操作するときの利便性には勝てなかったというだけの話。

 

20.アンプの巻

 ここでいう「アンプ」は、17.でご紹介したマイクアンプを除いた全ての単体アンプを指す。オーディオの世界では、プリアンプとメイン(パワー)アンプの二種類があるのが常識だが、現在の主流はいわゆる「プリメインアンプ」であり、両者が一体になっているものが多い。ミニコンポでしか音を出したことがない人は、アンプが二つに分かれているのは無駄のように思うだろう。私もオーディオマニアではないため、その利点は理解しつつも以下のプリメインアンプを使ってきた。

★ Luxman SQ505X 価格は不明

 大学を卒業・東京に就職するときに、父から譲り受けたもの。父は代わりにプリアンプとパワーアンプを買ってグレードアップしたので、いわばおさがりだった。しかし、このおさがりはトランジスタ方式のプリメインアンプ黎明時代の名機であり、とても愛着があった。だいたい、ラックスマンといえば高級オーディオの代名詞。父が最初に買ってから二十年以上現役で働き、私の東京時代についに壊れてしまうまでずっと使い続けた。

 コントロールするツマミやスイッチが素晴らしくガッチリしていて、ガチャンガチャンと切り替わるのが心憎い。EQはバス・トレブルの二方式だが、それぞれ三ポイントの基準周波数選択スイッチが付いていて、さらにローカット・フィルター、ハイカット・フィルター、ロー・ブースターまで付いているという充実ぶり。つまみの半分以上がEQ関連で占められるというのは、今考えればちょっとやり過ぎかも知れないが、とにかく強力な音質調整機能であった。
 重宝したのは、モニターモードのスイッチで、簡単にステレオをモノラルにしたり_、ステレオの左右を逆にしたり、LとRの音をそれぞれソロで出すこともできた。意外なことに、こういう機能を全て揃えているアンプは、なぜかそれほど多くない。

 その機能も去ることながら、私が特に感動するのはこれの「使用説明書」である。わずか21ページの小冊子の中に、商品概要、各部の簡潔な説明に加えて、オーディオ初心者用として一から平易に使い方を学ばせようという意図が随所に見られて、とても微笑ましいのである。しかも、専門的なスペックも網羅していて、読むだけでも勉強になる。カタログとはかくあるべきだと私は思う。ちょっとだけ引用してみよう。

 「アース端子(GND.) プレイヤーのアース(フォノモーターやアームから出ている)をこの端子に接続します。本機を大地にアースするような場合にもこの端子が利用できますが、これは必ずしも必要ありません。」
...必要ない事までフォローするこの気配り。

 「高音レベルコントロール(TREBLE) 高音域の周波数特性を変化させるトーンコントロールです。右→にまわせば高音域が上昇(増強)し、左←にまわせば下降(減衰)します。」
...バカでも理解できるわかりやすさ。

 「(トーンコントロール解説の頁)オーディオの究極の目的は、原音をいかに忠実に再現するかというところにあるのでしょうが、中間に存在するオーディオ機器、録音時と再生時の環境条件の違いなどにより、生の音そのものを再現することは残念ながらできません。また、音のよし悪しを客観的に判断する基準を決めることもできません。とすれば、自分の好きな音、自分の部屋に合った音を造り出し、主観的に聴感上の満足を得る以外には、現在のところ解決策はありません。」
...この哲学的かつ平易で感動的な文章を見よ。たかが使用説明書というより、オーディオ入門書の趣。このアンプが特にEQに力を入れている理由がわかるというものである。

 私は、一生このアンプのことを忘れないだろう。

 

★ Musical Fidelity A1 価格は定価で14万、中古で7万前後?

 前のアンプが東京に住んでから6年ほど(?)で壊れてしまい、私は仕方なく次のアンプを捜すことになった。東京圏に住む最も大きな利点は、オーディオ関連のデカイ買い物をする時に選択の幅が広いことが挙げられる。当時よく行ったのはもちろん秋葉原だが、意外と御茶ノ水や新宿の中古専門店などに良いものが集まっていて、ウィンドウショッピングだけでも楽しんだものだ。そういう楽しい探索の中で見つけたのが、このユニークなアンプだった。

 このMusical Fidelity社は英国のメーカーで、1982年創立の比較的新しい会社。創立者のアントニー・マイケルソンは音楽家としても有名らしく、カタログスペックよりも音楽性を重視するという考え方で、既存のものと一線を画するユニークな製品を発表している。
 このアンプはその代表作の一つで、まず何といっても形がユニーク。2001年宇宙の旅に出てくる黒い石板みたいな形の、小ぶりのボディ。小さいくせにやたらに重たい。上部が放熱板になっていて、たくさんの溝が入っている。また特筆すべきは、コントローラーが全部で4つしかないこと(電源スイッチ、ボリューム、テープモニター、セレクター)で、EQ関連は全く装備していない。つまり、先にご紹介したラックスマンのEQ重視の姿勢とまったく正反対である。余計な回路が音質劣化の原因となるという考え方は、これまたオーディオ世界の真実だろうと思う。

 私はこのアンプの音にうなった。出力はたかだか20Wしかないのに、とても澄んだ良い音をしていた。それでいて音が暖かく、優しい感じがした。何も鳴らしていない、無音状態の時の静けさにも驚いた。無音のときも普通はスピーカから「サー」という電源ノイズが聞こえるものだというのが今までの私の常識だったから、これには本当に感激した。さらに、このアンプで初めて知ったのだが、これは「純Aクラス」の動作をするアンプだった。実は今でも詳しい理屈はわからないのだが、要するに通常のアンプより弱い出力でも良く鳴ってくれる特性を持っているのだ。首都圏のこせこせした場所に住んでいると、大きな音で鳴らせない事の方が多いので、そういう人たちにとっては理想の特性である。

 しかし、Aクラス動作にも欠点がある。それは通常以上の発熱を伴うという事。このアンプの上部が溝のついた放熱板になっているのはそういう理由からで、触ってみると全体がヒーター状態。冬はストーブの代わりになるのではないかというくらい熱いのである。よくこんなに熱くなっても壊れないなあ、といつも感心していたが、案の定、2001年に壊れてしまった。多少高い金を出しても修理に出したいほど気に入っていたアンプだったが、提示された修理代金より、以下のアンプを買う方が安かったため、涙を飲んで廃棄処分にした。

 

★ Marantz PM-80a 価格は中古で2万前後

 マランツもまたオーディオ界の一流メーカー。ちなみに、私の父はマランツのプリアンプを持っていた。
 このシンプルな廉価版プリメインアンプは、値段に似合わぬ本格的な性能をキープしていて(カタログスペックだけなら、Musical Fidelity A1 を凌ぐ部分も多い)、さらにAクラスかABクラスかの動作選択スイッチがついているのが大変ありがたい。私はほとんどAクラスにしているが、暑いときには放熱をそれほど伴わないABクラス動作にすれば、不慮の熱暴走を防止できそうだ。とにかく、他にはそれほど特徴のない全く普通のアンプで、普通に音楽鑑賞やモニタリングに使っている。

 録音機材列伝とはちょっと違う記事になってしまったようだが、モニタリングがマスター作りの決め手になることは多いので、関係ないことではない。
 さて、今までのアンプは全てステレオシステムの核になるプリメインアンプだったが、ついでに私が運河で使っているポータブルのギター・アンプをご紹介しよう。

 

★ PIGNOSE HOG20 価格は実売で1万数千円

 運河で一番最初に使ったポータブルアンプは、同じくピグノーズのもう一回り小さいアンプだった。1年ほど使ったが、単三電池六本を使うのが経済的にバカにならないので、充電式の単三ニッカド電池でごまかしていた。しかし、やはり音質的には低音が寂しかったので、詳しい人のご教授に従ってこの「HOG20」を購入したのである。

 このアンプの良い所は、もちろん低音を中心に音がしっかり出ている点も見逃せないが、何と言ってもACアタプターでの充電が可能という点である。この価格帯で、しかもこのポータブルサイズで充電ができるアンプを、私はこれしか知らない。アンプの背面に二本、車のバッテリーと同じ原理の鉛バッテリーが入っていて、8時間ほどの充電で実際に6時間ほどは鳴らすことができるのだ。ただし、電気を使いきってしまうとバッテリーの寿命が短くなってしまうため、ちょっとの間を惜しんで充電してやらなければいけないのが面倒くさい。また、鉛バッテリーのおかげで、重量は前のアンプに比べて極端に重いので、持ち運びがいつも難行苦行である。しかし、私はそんな生活にもう慣れてしまった。

 そうして運良く何事もなく使っても、今までの経験上、だいたい2年弱でバッテリーの寿命がくるらしい(春から秋にかけて毎日弾いているので、普通の人よりは酷使している)。最初に寿命がきたとき、私はバッテリーを交換してもらおうと楽器屋さんに掛け合ったのだが、提示された価格では、電池を交換するよりも新しいアンプを買った方がいいということがわかった。充電池が高すぎるのか、充電池込みで実売2万円もしないアンプが安すぎるのか、詳しい事情は不明だが、私は恐らく後者だと思う。そのため、「資源の無駄じゃないのかな〜」と思いつつ、私はバッテリーの寿命が来るたびにこれと同じアンプを買い換えてきた。今(2002.8月)使っているのは三台目である。

追加:(2005年6月26日)

 今年、我が愛用のアンプ「HOG20」の蓄電池が例によって上がってきたので、5月頃に買い換えようと楽器屋さんに問い合わせると、思わぬ衝撃の知らせが。

 「すみません、廃番です...」

 何ですと? いつもバッテリーが上がる度に本体ごと買い換えていたのに、もうどこにも売っていないのである。これにはショックを受けた。いろいろ調べてみたのだが、このアンプほど小さく軽量でかつ鉛蓄電池を搭載したものは、調べた限りでは皆無だった。充電できるタイプで最も小さいものでも、到底毎日の持ち運びには堪えられないほど重たい、まるでステージモニターみたいなものばかりだったのである。いくら音が良くても、徒歩で通うしか道のない私にとって死刑宣告にも等しいものだった。

 要するに、問題は電池だ。
 私は新品でのアンプ購入をあきらめて、安い鉛蓄電池を購入する道を探った。なお、楽器屋さんで替えてもらおうとすると本体価格より高く付きそうだと言うことはすでに述べた。
 知り合いから「某ハンディークリーナーの電池に同タイプの充電池が使われている」という情報を得て、家電量販店で探すも、どうやらモデルチェンジしてしまったらしく、だいたい全てニッカド電池になっていた。確かに、ちょっとお掃除するのに8〜10時間充電というのは長すぎる。そこで、インターネットで調べてみると、同じ規格の電池が複数見つかった。しかしその値段はピンからキリまでで、ヤフーで検索ヒットした電池は、1個5000円であった。これではまだ高い。そこで辛抱強く調べていくと、
秋月電子Web通販にて同タイプの電池が何と1個850円で購入可能であることを突き止めた。これはまたうれしい驚きであった。

http://akizukidenshi.com/catalog/items2.php?q=%B1%F4%C3%DF%C5%C5%C3%D3&s=score&p=1&r=1&page=#B-00036

 注文すると、ほとんど待たされることもなく到着した。いやはや、この数年間の苦労は一体何だったのか。ただし、まだ取り付けしていないため、実際に使えるかどうかのチェックはこれからである。チェックできたら、引き続き使用感などをご報告したい。

追加:(2005年7月5日)

 上記の格安・鉛蓄電池の試用レポート。結論から言って、全く何の問題もなく使えた。
 同じ規格の電池だから当然とは言え、大満足である。

 楽器店に頼むほどの専門的な修理などでは全然なく、ただ裏のねじ止め木二本を外して、プラスマイナスに気を付けてプラグを差し、また止め木を付ければいいだけの話である。はんだごてもいらず、この不器用な私が素手で簡単にできた。このくらいの作業、楽器屋に任せる必要は全くない。もちろん、充電はアンプ付属のACアダプターで十分である。
 新しい充電地を搭載したアンプは、今までの歪みがウソのように直り、きれいな高音を出すようになった。やはり今までの音質低下は、単純にパワー不足が原因だったのである。最初に使っていた頃のように、全くストレスなく使えている。

 電池切れだからと言って手放す必要はもうない!
 このアンプを持つ全てのユーザーに、上記の電池をお勧めする。

 

21.イコライザーの巻

 一般のオーディオの世界でもお馴染みだと思うが、「音質調整」いわゆる「トーンコントロール」という作業がある。簡単なアンプ、いやラジカセ程度のものにすら「バス(低音)」「トレブル(高音)」の調節つまみが付いていたりするので、あれやこれやといじった経験は多くの人がお持ちだろう。一般の家庭用のスピーカーは、特にシステムコンポのような小さい物ならば、バスの再生が弱くなりがちだ。カセットなどの録音媒体によっては、高音の冴えが消えていることもある。
 しかし、このトーンコントロールは、耳が良くないとやりすぎたりしてかえって仇となってしまう。トレブルを強くしすぎるとノイジーになったり、バスを強くしすぎるとモコモコと音がこもったりする。めんどくさいので、全くいじったことがないと言う人もいるかも知れない。私も、オーディオを聴く際にトーンのたぐいをいじった事はほとんどない。1枚のCDではそれで良くても、次のCDではまた直すことになり、とても煩雑。程度問題だが、音に対してあまりにも過敏にこだわっていたら、肝心の音楽鑑賞の時間が少なくなってもったいない感じがするのだ。

 これが音作りの世界になると、「トーンコントロール」とはあまり呼ばずに「イコライジング」という名前になる。イコライズ(equalize)とは「〜を均一にする」という意味。この言葉からおわかりの通り、低音や高音といった特定の帯域を意図的に増強するのが目的ではなく、どの帯域もなるべく均等に再生させることを目指している(かなりおとなし目の)機能と見ることができる。逆に言えば、もともとの録音がどの帯域も均等に(ナチュラルに)録れてさえいれば、ほとんど必要のないものだとすら言えるだろう。
 しかし、もともとの録音が常にきちんとベストの音で録れているとは限らない。一番多いのは、そもそも原音がそれほど均一に音の出ていないケースである。ギターなら、例えばたまたま低音の鳴りがおとなしかった時に、若干イコライズして「想定されたベスト」の状態に持っていくこともある。逆に、低音が極端に出過ぎる為に引っ込めることもある(こちらの「カットする」というケースの方がむしろ多いかも知れない)。その他、マイクの集音に問題があったり、先に触れた通り録音媒体が原因で音質劣化を起こしたりと、いろいろなケースが考えられる。
 これらは本来、その原因から解決することが望ましく、音作りのプロにとって「イコライジングは最後の手段」というのは常識である。調整する必要がなければ、それに越したことはないのだ

 しかし、このイコライジングを「トーンコントロール」の観点で使うケースももちろんある。わざと中音域や高音域を増強させて、ギラギラした感じを出したり、バスをブーストして迫力を出したり、本来の意味での「音作り」の作業になる。イコライズするのは何も全体の音とは限らず、あるトラックにだけかけたり、エフェクト音にだけイコライジングをして(またはエフェクト音にだけイコライジングをかけずに)、特定の効果を狙う場合もある。また、特に屋内で行われるPA作業の際、ハウリングを防止するためにトレブルをカットしたり、ノイジーな帯域のレベルを落としたりということも考えられる。先とは逆の話になるが、音の問題を原因から解決する時間がない時には、非常に便利な道具なのである。これらは、積極的なイコライザーの使い方として、むしろ普通に行われている。

 例によって前置きが長くなったが、知っている人には全く無駄な文章をもう少々書こう。イコライザーは、つまるところ帯域を区切ったボリュームコントローラーのようなものであり、そのコントロールする仕方で2種類に大別できる。
 一つはグラフィック・イコライザー(グライコ)で、各周波数域を任意に複数に区切って、それらを同時並列にコントロールするものである。全体の周波数帯の調整具合がグラフィカルに確認できるため、この名が付いた。一昔前は一般オーディオ用も結構発売されていたので、ご存じの方も多いだろう。
 もう一つはパラメトリック・イコライザー(パライコ)。グライコは、調整する周波数そのものを変えることはできないのだが、このパライコは、特に中音域に関して自由に周波数ポイントを可変させて調整できるのである。例えば私は、500Hz付近のブーミーな音をカットすることが多いが、同じ機械で2kHz付近をブーストするなどということもできる。気になるポイントの目星さえ付けば、これで充分なのである。
 具体的には、バス・トレブルのつまみにミドル(中音域)の周波数つまみとレベルのつまみという、4つのつまみのものが一般的である。また、変化させる周波数の範囲も可変できるものがある。ミキサーに付いているのがこのタイプ。

 私が過去購入した単体イコライザーは、すべてグライコである。というか、単体パライコというものはあまり見たことがない。価格は全て忘れたが、おそらく3〜4万ほどだったと思う。

 

★ REXER 10バンドのグライコ

 『ラグタイム・シサム』最初のミックスに使用。後に DBX に乗り換える。

★ DBX グライコ(バンド数失念)

 『ラグタイム・シサム』第二ミックス(現在のミックス)に使用。
 グライコは、確かに視覚的に確認はしやすいが、まさかトラック毎に複数個用意するわけにもいかず、パライコのように器用な使い方がしにくい。また結構ノイズの原因になったりするようなので、「無くても構わない」という信念の元、その後使うことはなかった。というか、こんなシチメンドクサイ機械を使いこなせるほど耳が良くなかった。

 

(以下、最後の項「22.今欲しい理想の機械の巻」へ)

 

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