『歌箱』制作日記(2004年11月12日更新)

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 ここでは、2004年11月に発表予定の歌ものCD『歌箱』の制作状況を、日記形式で公開します。
 日記...できれば私、付けたくない主義ですが、これもプロモーションの一環ということで。
 音楽家、宅録愛好家の方などには、一応興味を持たれる内容かも知れません。

 

・10月19日(火)〜25日(月) 録音準備

 19日(火)から「Good Old Otarunay Studio」にて録音準備を開始。普段の録音では使わないアカイのハードディスク・レコーダー(DPS12)を久しぶりに持ち込み、90度ベクトル合成マイクアンプを所定の位置に鎮座させる。トーンクラフトのマイクをガッチョンとマイクアンプに差し込むと、昆虫の触覚のような形になる。アンプとレコーダーを配線。ハードディスク・レコーダーといっても、ここではMOディスクを作業ディスクとして使う。これはSCSI端子に取り付ける。
 これらの装置で、20日(水)から「仮歌テイク」の録音を開始。

(写真:これが Music Design製/90度ベクトル合成マイクアンプ。この写真では、片チャンネルだけボーカルマイクに繋げている。)

 仮歌とは、本テイクの前に録っておくガイドのようなもので、これに合わせて歌やギターなどの各パートを分けて録るという形になる。『私の小樽』と全く同じやり方。いつもギター・ソロを一発録りする私にして見ればまだるっこしいのだが、ギターと歌のバランスやエフェクト、パンなどを変えたりするのと、歌のパートだけを何度かやり直すという事がとても便利なので、歌ものであれば当面この録り方になるだろう。
 しかし、仮歌で本テイクが録れれば言うことない。試しにちょっと色気を出して歌うと、あらら、途端に声が「ヒイッ」とうわずる。だめだこりゃ。いろいろやってみたが、今回はどうやら仮歌テイクがどこかここかでミスをするようで、ともかく感情表現とリズムキープは慎重にやる。

 アカイのMTR(マルチトラック・レコーダー)については「私の録音機材列伝」で詳しく書いた。改めて使ってみると、音はすごく良いのだが、なにぶん昔のモデルなので、MOディスクが230MBしか使えないと言うのががっくり来てしまう。本体備え付けのJAZドライブ(1GB)は、駆動音がかなりやかましくて、なるべく使いたくないのだ。しかし、今回の録音では、我が友人の覆面シンガー三人衆(1号、2号、V3)がコーラス参加する曲があるため、仮歌を含めて230MBでは多分作業領域が足りなくなる。まあ、騒音対策は追って考えたい。

 

・10月26日(火) 本テイク録音1日目

 今日から本テイクの録音を開始。最初の曲は、今回のアルバムの中で一番嫌な感じの歌「キライ、キライ」である。実はこの歌、覆面クンに歌わせようとしていたのだが、何でも嫌なことを他人に任せるのも無責任なので、私自ら歌うことにした。
 先にギターを二度ほど録音。バーチャル・トラックというリテイクのためのトラックがあるのだが、めんどくさい。まあまあのテイクが録れたので、多少の手直しをしてサッと完了。歌はやはり難航。仮歌の段階でキーが低いと感じていたので、カポ2に変更したら、低音はまあまあクリアしたが、あんまり「嫌な感じ」が出ない。この嫌な感じを出すのに苦労した。

 お断りしておくが、こと歌ものに関しては、私は一発録りに全然こだわらない。ただでさえ「ツアーのお荷物」とか言われるほど売れない歌ものCDであるから、私はどんな手でもできるなら使って一般の方にも聴きやすくしていくつもりである。「文句あるかヨ、あるはずぁない」(by 植木等)。

 『私の小樽』は、実は個人的にも大好きなアルバムだが、同じような品行方正な内容の歌ばかり歌っても、人間として進歩がない。今回のアルバムは、ブルースっぽいのも多く、いわゆるキレイな世界とは性格の違う、現実的な歌がポイントになりそうである。
 さて、もう一曲「たくぎんの歌」を録る。言うまでもなく「北海道拓殖銀行」消滅に関する歌。今回は、金や不景気に関わる歌が多いのも特徴であるが、この歌は追って収録予定の「2%」とともに、ほとんど廃盤じゃない、廃歌となってしまった時事ネタ歌である。仮歌で間奏を多めに空けたので、あとで何かのメロディーをかぶせる予定。
 我ながら、まあまあいい歌だと思う。

 録音を終わって家に帰ろうとすると、雪が降ってくる。初雪だ。
 明日は「雪かきの街」でも歌うかな。 

 

・10月27日(水) 本テイク録音2日目

 朝起きると、家の温度計は2度。寒い。
 この時期の雪は水気があり、車の走行音がうるさくなって、録音への悪影響を心配した。それ以上に、新潟県中越地震のニュースが気にかかる。本当に大変なことになっているようだ。せめてもの足しにと、今日は郵便局でなけなしの義援金を振り込んだ。新潟は、小樽とフェリーで繋がる姉妹都市のような街である。一日も早い復旧を心から願いたい。

 さて、録音。「Good Old Otarunay Studio」は、要するに市内にある私の実家である。以前の父の部屋を利用して録音しているのだ。母に音を出さないように協力してもらい、今までに多くの録音がここで行われている。しかし悪いことに、最近はこのマンションに工事が入っていて、ノイズ無く録音できる時間帯は限られている。

 晩、やっと録音しようという段になると、大事なことを忘れていたことに気づく。
 昨日の作業で判明したのだが、仮歌テイクをMOディスク1枚に2曲録音してしまっていたので、本テイクを追加しようとすると容量不足になって途中で録音がストップすることがある。やはり1曲に1枚使わなければダメらしい。足りないMOディスクは後で買うとして、今までに録音した仮歌をDATにバックアップする、という作業をしなければいけない事を忘れていたのである。この作業にはかなり時間が掛かる。準備不足を悔やんでも後の祭り。今日はそのバックアップと設定作業に追われてしまった。
 防音のないマンションなので、残念ながら夜通し録音するわけにもいかない。時間が無くなってくる。

 しかし1曲くらいは録りたかったので、猛スピードで準備を終え、「雪かきの街」の収録に入る。これは北国の日常を唄った歌である。
 気が焦っているためか、なかなかいいテイクが録れない。歌ものをやるといつも思うのだが、私は「歌のギター伴奏」が少し不得手である。もちろん演奏の難易度の点ではギター・ソロ曲に比べて格段に簡単なのだが、「決められたパターンをそのままずっと繰り返す」という機械的反復作業に弱いらしい。指が嫌がって、色気を出してすっとんきょうな変奏をしようとする。

 それにしても手こずった。根性据えて、10回くらいテイクを重ねてやっとOKテイクが録れる。「クライマックス・ラグ」を演奏するより疲れたかも...。でも、おかげで全然色気のない、素朴でいい感じの伴奏になった。
 伴奏は、目立たないからこそ伴奏である、と私は思う。
 逆に歌は、一部を除いてスムーズに録れる。今日は不思議にいつもとは逆の状況である。

 さて、明日からはもう少しテキパキとやりたい。
 生活がかかっているから、いつまでも機械オンチではいられないよ。 

 

・10月28日(木) 本テイク録音3日目

 数日前から低温が続いていたが、今日はまずまずの天気。小樽運河に演奏しに行きたかったが、今は録音の方が優先なのであきらめて、昨日充分でなかったバックアップと設定作業の続きをする。しかしこれがまた、えらく時間の掛かる作業であった。

 MTRはたまにしか使わない機械なので、使う毎に要領から勉強し直しという状況。追加でMOディスクを10枚購入し、スタジオ入りしてすぐに片っ端からフォーマット作業。1枚約10分もかかり、2時間近くかかる。さらにDATのバックアップからデータを読み込んでMOに渡すのに1曲5分はかかるため、結局準備だけで3時間近くが経つ。

(写真:アカイ製マルチトラックレコーダー/DPS12と、MOディスクドライブ)

 オマケに、1曲毎にミキサーの設定を覚え込ませる作業が続く。私の勉強不足かも知れないが、このHDRは、他の曲の設定を本体メモリーに貯めておくという事ができないらしいので、わざわざ紙に書いたミキサーの設定を1曲毎に手で打ち込むというローテクぶり。バックライトの無い、ちまちました液晶画面での作業が続く。途中でめんどくさくなってきてしまい、すでに気持ちがグロッキー状態。当面必要な曲だけを設定するのが精一杯である。

 何だか苦労話ばかり書いて恐縮である。では他の手段はないものか。
 「パソコンのHDR(ハードディスクレコーディング)ソフトを使う」という手も、実は以前に考えていた。しかし、私の持っているスタインバーグのキューベーシズを使うとすると、私のノートパソコンではスペックが全然足りない。いや、たとえ現在使っているデスクトップPCで試してみても、仮歌のモニター音がまるでディレイのように遅れて届いてしまう。いわゆる「レイテンシー」が悪い。2トラックならいざ知らず、パソコンでちゃんとしたマルチトラック録音を行うには、高価なオーディオカードや特別な調整が必要となるらしい。

 こういう話題、どれだけの人がついて来れるかもわからないし、私もこれを書いている自分自身に置いてけぼりを喰いそうな気持ちだ。要するに、パソコンはあきらめた。私の周辺環境においては、まだ単体のMTRの方が信頼性・利便性が高いのである。

 しかし、これでやっと入り口。後はとりあえず録音あるのみ。
 遅ればせながら、「材木問屋と五匹の子猫」の収録に入る。「みんなのうた」風の曲で、かなり気に入っている。作曲当初から一部、詞の内容を変更したので、歌うときに間違えないように注意したが、やっぱりそこだけがぎこちなくなって、何度かやり直した。まあ、今までからすれば比較的スムーズに収録できた。

 次は、このアルバム中で最大の問題作「ケータイ許さない」。覆面クンが歌いやすいように、入魂のギタープレイを収録。これは結構いける。残念ながら時間切れのため、第二ギターと歌入れなどは、彼と一緒に(?)明日行うことにする。

 

・10月29日(金) 本テイク録音4日目

 今日は久しぶりの暖かな日。さぞかし運河は盛況だろうと、勇んでギターを弾きに行ったが、まあ...ぼちぼちであった。しばらく弾いていない曲を忘れないように、練習しに行ったと思えばよい。このページ、投げ銭日記と完全にかぶってしまったなあ。

 録音4日目のハイライトは、何と言っても覆面クンと一緒の「ケータイ許さない」重ね録り作業。私の歌ものとしては初めて、四重コーラスのサビがある。ケータイは悪だを四回繰り返す箇所を、三人の覆面シンガーたちと共に徐々に収録する様には、一種の狂気すら感じられた。覆面クンたちもノリノリである。この曲、ちょっとヤバイかも...。
 明日は、さらにスペシャルゲスト、Hard to Find の小松崎健さん・操さんをお招きして、一緒にケータイ廃絶に向けた大合唱をお願いすることになっている。健さんは、「僕、ダルシマー弾いてもいいけど?」と言ってくれたが、丁重にお断りして、あえてボーカルで参加していただくのである。

 上記の歌の収録を念入りに行うと、トラック数が5つまで増えるなどデータ量が増大し、さらに追加のトラックを録ろうとすると、MOディスクでは徐々に回転スピードが足りなくなって、読み込みエラーが起こってくる。実はこの事は、だいたい予期していた。仕方ないので、ハードディスクとほぼ同等?のアクセススピードを誇るJAZドライブにデータを移し替えることにする。またまたDATへのバックアップと、JAZドライブへのリロードで20分はかかる。このムダな作業時間、何とかならないものか?
 ところで、懸案だったJAZドライブの騒音対策は、何のことはない、マイクからなるべくレコーダーを離して録音するという、これまたローテクなもの。

 ローテクを恐れていたら、録音はできない。

 ついでに、「短すぎる夏の歌」の収録を行う。北海道の冷夏と不景気を歌った切ない歌。低音がかなり低いので、歌のテイクに多少手間取ったが、まあまあのものが録れた。
 さらに時間の許す限り「海猫の歌」のギター録りを行うが、不完全なままタイムアップ。この歌のギター伴奏は民謡風で、少し慎重に録りたいので、翌日に回すことにする。

 

・10月30日(土) 本テイク録音5日目

 運河に早め(午前中)に行き、2時前に健さんたちと待ち合わせる。健さんの車に乗り込む前に、そこに偶然居合わせた覆面シンガーくんの写真を撮ってもらう。何とも都合のいい偶然があったものだ。この写真はCDの裏ジャケなどで使う予定で、覆面クンもたいそう喜んでくれたらしい。

 小松崎ご夫妻と「Good Old Otarunay Studio」へ行く。母がお茶を出してくれる。しばし井戸端会議。しばらくして録音準備が整い、お二人に録音部屋に入っていただく。「ケータイ許さない」の収録である。コーラス部分の歌詞はわかりやすく「ゼッタイ、ケータイ、許さない」「ゼッタイ、ケータイ、認めない」の二種のみ。メロディーは一定である。レベル調整のため一度やり直しただけで、二度目には完璧テイク。健さんたちのおかげで、「プハプハ」と並んで私の代表作となりうる(?)楽しい歌になった。この場を借りてお礼申し上げます。
 健さんたちが帰路についた後は、しばしの休息の後、再び「ケータイ許さない」の最後のパートを録って、バランスの調整。やっとこの歌の収録が終了した。

 次は昨日の宿題だった「海猫の歌」の収録。練習がてら何度もテイクを重ねる。緊張から解放されて、やっと自由な感覚のテイクが録れたときはすでに時間がおしている。
 この曲は、歌入れも難航。メロディーが全体的に低く、軽いコブシも必要なので、ちょっと力んで歌うとうわずってしまう。最初はパンチインアウトでガチャガチャやっていたが、例によってめんどくさくなり、ままよ、と一から歌い直すと力が抜けていい感じになった。結局、歌い慣れていない曲だったのかも知れない。そんな曲の録音は、ちょっと苦労してテイクを重ねる方が、出来はともかくいい練習になって、いざというとき本番テイクの確率が上がるのだろう。

 今日で「ヘンタイ・チューニング」系の曲はおしまいで、明日からはスタンダード・チューニング系の歌の収録に入る。

 

・10月31日(日) 本テイク録音6日目

 今日の最高気温は20度に迫る勢い。季節外れの気候に恵まれた。帯広の知人と運河で待ち合わせして、午前10時半から運河演奏。久しぶりに長時間ギター演奏に集中できた。いくら疲れても普段通り弾く練習を続けないと、いざ疲れたときのプレイに「粘り」が無くなってしまう。その意味ではいい練習になった。
 こんな良い気候は、もう今年最後だろうか...。いやいや、まだ最後まで粘るつもりだ。

 晩は例によって録音タイム。今日の収録は「2%」。変なタイトルだが、ちょうどこれを作った1997年当時の消費税3%→5%の料率変更に伴うゴタゴタを揶揄した、カントリーブルース調の歌である。特に変なトラブルはなく録音はいい感じで進んだが、どうも歌のパートの力不足が気にかかる。
 ちょっと考えた挙げ句、歌をダブルトラックにすることを考える。この方法は、過去の歌ものでは「パイカ
 アン コ」で適用したことがある。やってみると、まあまあ上手くいったので採用。

 さて、この調子でどんどん行こう、と思ったら、どうも次の曲「空き地の歌」のセッティング(カポ6フレット)でギターの高音弦がビビる。困った。
 なお、これまで書いていなかったが、今までの録音に使ったギターは全て
ヤマハのFG-140(赤ラベル)である。今まで特に気にならなかった音のビビりに、少し戸惑った。そろそろ弦の劣化が気になってきたところだし、カポ6でないと弾けない曲なので、思い切ってギターをモラレスのBM-50に替えることにする。

(写真:中央が今回のメイン・ギターの一つ、ヤマハFG-140。左側にあるのは父の楽器群で、アルゼンチンのクラシック・ギター、ソフトケースの中はテスコのフルアコ、そしてバラライカもある。)

 なお、普段ライブで使っているヤマハのS-51をなぜ選ばないかというと、私はただでさえピッキングが強いのに、あまりガツンと来るギターの音では存在感がありすぎて、相対的に歌のパワーを減じてしまうかも知れないという判断からである。まったく、歌はたいしたことないのに、こういうことだけはよく気にしてしまうのだ。国産B級ギターの選択は、その意味では我ながら良い方法だと思う。モラレスなら、Mタイプのボディーということもあり、いろんなスタイルに合う録音特性を持つと思う。

 弦の交換と馴らしで、このギターでの録音は明日からということになる。このところの「一日一曲」ではペースが遅い気がするが、自由な時間は専業ミュージシャンの大切な武器である。焦らずいきたい。

 

・11月1日(月) 本テイク録音7日目

 雨の一日。運河はお休み。録音に力を入れたいところだが、例のマンションの工事が11月5日まで続くとのことで、日中の収録はできないのが口惜しい。ネットをしたり、洗濯したり、大家さんに部屋代払ったり、通販対応でCDRを焼いたり、この前買ってきた激安の「動画編集ソフト」(12万ヒット特典のビデオファイルを編集するため購入)のパッケージを、封も切らずに眺めてはアブラ汗を流す時間が続く。何でこんなもの買っちゃったんだろうか。
 ...ああ、全然意味のないつまらない日常を洗いざらい書いてしまった。だから日記ってキライなのだ。(?)

 7日目にもなると録音作業には慣れてきて、晩の作業は結構スムーズに進む。
 
モラレスBM-50の響きはなかなか上品で、しかも腰が入っている。指板が広くてやや弾きづらい点(これはMタイプの伝統でもある)を除けば、私には何の不満もない。実際、昨年のギターソロアルバム『赤岩組曲』でも、シーガルSS-50などとともにメインギターの一つとして活躍してくれた。

(写真:今回のもう一本のメイン・ギター、モラレスBM-50。)

 「空き地の歌」は、日々変わっていく町並みを嘆いた歌で、作曲当初からジョン・デンバーのイメージで作られた。ライブでも何度か歌ったが、「「あのねのね」みたいな歌ですね」と言われて戸惑ったことを記憶している。あのねのねさんは一曲も聴いたことがないのだが、どんな歌なのかなあ。今度聴いてみようと思いつつ今に至っている。
 節回しでよく間違えるところがあり、何度かやり直したが、比較的快調に収録。

 「ポン チカ(スズメの歌)」は、このアルバム唯一のアイヌ語歌詞を含む歌。私が札幌でアイヌ語の勉強をしていた頃、アイヌ語先生の澤井アクさんに連れられて、十勝本別のアイヌ文化伝承者・澤井トメノさんのお家におじゃましたことがある。たった一日のことだったが、アイヌ語に限らずいろいろなことを教わり、叱られ、そして励まされた。この短い体験は、私の人生にとってかけがえのない貴重なものである。
 この歌は、その時のトメノさんがスズメにエサをあげている場面を綴ったもの。この歌のアイヌ語は、前作のアイヌ語沙流方言と異なり、本別の言葉にしたつもりである。
 これは私にとってとても大事な歌であるから、歌の上手い下手はともかく、トメノさんに捧げるつもりで、心を込めて収録した。

 なお、これまでの作業で、アルバム全体が少し長くなることが判明。今回は前作『私の小樽』と違ってある種ネガティブな歌が多いことから、あまり冗長にしたくないので、涙を飲んで軽めの一曲「万歳カントリー」(カントリー好きのご年輩たちを皮肉った歌)を選曲から削ることにする。つまり、全14曲ということにしたい。
 さらに、ギターソロとして予定していた「ダック・スイミング」に代わり、叙情的な「逢いたくて運河」を選曲することにする。

 

・11月2日(火) 本テイク録音8日目

 また雨。最近は天気が悪い。

 快調だった昨日に比べて、録音の作業も今日はどうやら調子が出ない。
 今日の収録曲は「枕の歌」で、私の好きなビーチボーイズのパロディーみたいな曲調。しかし内容は、会社員時代にろくに眠らない仕事人間だった頃の気持ちを唄った歌である。他の曲と勝手が違い、コーラス・アレンジも収録と同時に行っているため、調子が出ないというよりも、試行錯誤が続いているのである。覆面クンたちに気持ちよくコーラス参加してもらうためにも、オケはきちんと作らないといけない。
 ストロークを使った3連シャッフルのリズムなんて、普通のギタリストならお茶の子だろうが、ピックを持ったコード弾きをあまりやらない私にして見ればちょっと難しい。気合いで何とか乗り切った。

 伴奏はできたので、ああでもないこうでもないと、歌ったり編集したりしていると、途中でまたMOディスクの回転が追いつかなくなってくる。データエラーになると、音の断片が遅れて聞こえてきたりして、もうこれでは収録にならない。MOディスクのアライン(データ整理)もやってみたが同じ事だった。できた部分までを、またまたDATテープにバックアップして、再びJAZドライブにリロード。所要時間、約30分。
 うわぁ、ちくしょう、もうやってられん。やっぱりHDDじゃないとつらいわ。

 しちめんどくさいデータ整理の間、しばらく横になってコーラスのイメージを考える。
 サビや曲間のコーラスを頭の中で歌う。スローなシャッフルのリズムで、コーラスパートには今までより深いリバーブを掛けるため、どうも細かい音型は使わない方が吉と見た。よし、やっぱりビートルズの「ディス・ボーイ」みたいな感じでやっていこう。整理が終わり、JAZドライブの快適なアクセススピードに安堵しつつ、だいたいのコーラスイメージを作ったところでタイムアップ。次回以降の宿題となった。
 この曲さえ終われば、峠は越えたという感じになるので、ここが辛抱のしどころである。

 明日は、小樽の一匹長屋でミュージシャン仲間同士の音楽会があるため、録音は休まなければならない。まあ、気分転換ということで、せいぜい楽しみたい。

 

・11月3日(水) 録音お休み

 また雨のため運河はお休み。
 夜は、一匹長屋でのミュージシャン仲間同士の音楽会「第17回長屋フォークジャンボリー」に参加。年に二回のお祭りなのだが、実に久しぶりの参加である。しかし参加者の一人というよりは長屋に集う音楽ファンの一人として、大いに楽しませていただいた。参考までに、参加者は以下の通り(敬称略)。

 リターンズ/となり近所/清水俊幸/高田直保/浜田隆史/キッコリーズ/井浦しのぶ/タンゴ/かものはし with 吉倉淳/浅沼?/石田博一/モジョハウス

 数年前とはかなり違う顔ぶれだが、参加者の個性がいろいろあり、私も多いに刺激になった。フォルクローレあり、ノコギリあり、フォークもロックも心に染みる歌も変な人もあり。歌ものアルバムを作っている今だからこそ、この集いは私にとってなおさら有意義であった。
 さあ、こっちも録音がんばろう。

 

・11月4日(木) 本テイク録音9日目

 何とまたまた雨。このまま運河の活動はおしまいになるのだろうか...。

 夜は、おとといの宿題だった「枕の歌」のコーラステイクの収録。「ケータイ許さない」と同様に、どこからともなく現れた三人の覆面シンガー、1号、2号、V3の出番である。
 ここで覆面クンの解説をしよう。私のライブでは、1号によく出演してもらっているが、彼は極度の恥ずかしがり屋なので(だから覆面をかぶっていると言う)、私と同じステージには絶対に立たないらしい。このCDで初めて、彼らが三兄弟であることが確認できた。私は彼らの素顔を見たことがあるが、結構ナイスガイだった。

 どうやら彼らも私と同じく、地声よりは鼻歌の方がうまいようなので(じゃあシンガー失格じゃん...)、鼻を利かせたハミングを部分的に取り入れるとなかなかよい結果になる。いろいろ試行錯誤はあったが、前日までのイメージトレーニングの成果が出たのか、コーラスパートの収録はとても楽しく、ほぼイメージ通りの結果を得る。覆面クン達との共演は、故あってCDのみとなりそうだが、いい仕事をしてくれた彼らに感謝したい。

 いよいよ明日は、歌ものの最後となる「金がない」と「初恋」の二曲の収録に入りたい。

 

・11月5日(金) 本テイク録音10日目

 天気はどんよりしていたが、雨はなかったので久しぶりに運河に行く。また良い練習になった。何だか、全レパートリーを一日一度は弾かないと落ち着かないのだ。

 家に帰って、友人・南澤大介君の「ソロギターのしらべ」最新版「法悦のスタンダード篇」CDを鑑賞。いや〜、極楽である。お世辞抜きで彼はスゴイ。アコースティック・ソロ・ギターの編曲、楽譜作成、そしてその録音までを、こんな短期間に多数、いろんなジャンルで、しかも高品質で音楽的に豊かに成し遂げたギタリストは、おそらく彼以外にはいないだろう。ギネスブックに申請したら認められると思う。
 最後に収められたヘッジスの「ラガマフィン」、南澤君、昔はライブのたびに演っていたっけなぁ...しばしギター同好会の頃を懐かしんだ。

 さて、今日で歌ものの録音は最後。
 「金がない」は、どうしても覆面クンに歌わせたかった一曲。彼は快く応じてくれた。情けないタイトルがこの歌の全てを物語っている。覆面クンはめんどくさがり屋で、チマチマやらずに一発録りしたいという。そのため、このアルバムの歌ものでは唯一、完全一発録りになった。いつもは、ギターを録った後で、マイクアンプから片チャンネルだけトーンクラフトのコンデンサマイクを抜き、ボーカルマイクに繋げて録るのだが(上の方のマイクアンプの写真を参照のこと)、今回だけボーカルマイクはMTRに直付けにして、3トラック同時に録る。このスタイルは、前作の「ギター残酷物語」でも使われている。
 覆面クンは、私のやるせない、情けない、スケベな、お笑い的な歌を、嫌な顔一つせず(?)歌ってくれる貴重な存在である。

 「初恋」は、私にしては珍しい、ちょっと甘酸っぱい歌。最初、ギター伴奏をダブルトラックにしようと思い、2回のギター演奏を重ねてみたのだが、この歌の素朴さにはソロの方がよいらしい。「枕の歌」をアレンジしていたときにも思ったが、過剰な演出を避け、敢えて何も工夫しないというのも、立派なアレンジの一つであると感じている。
 ライブでもたまに歌っている曲なので、すんなりと終了する。

 明日からは最後の曲、ギターソロ「逢いたくて運河」を録り、その後は全体的なエフェクトのチェックと、数曲でリード楽器の選択とアレンジの検討に入る。やっと終わりが見えてきた。

 

・11月6日(土) 本テイク録音11日目(最終日)

 いつものように運河に行くと、6曲目くらいで雨が降ってくる。やみそうにない。ちぇっ。今日は練習にすらならなかった。昨日で実家のマンションの工事が終わっていたので、こんな事なら早めに「Good Old Otarunay Studio」に行けば良かった。

 今日は本テイク録音の最終日。後は追加や修正作業になる。
 一番最後は、ギターソロの「逢いたくて運河」を収録。私にしてはちょっとキザな(?)タイトルだが、恵庭の夢創館でいつもお世話になっている大沼さんが付けてくれた、ありがたい名である。運河を舞台にした恋物語でも想像していただきたい。
 ギターソロの録音は、私にとって歌ものより数倍は楽である。この曲は思うところあってナイロン弦ギター(
ヤイリCE-1)を使用。『オリオン』に収録した「翼を休めて」という曲の録音以来で、ナイロン弦は久しぶりに弾いたのだが、曲自体は簡単なので、一発録り2テイクで終わってしまった。所要時間10分。

 次は予定通り、各曲のサウンド/アレンジ・チェック。「弾き語り」というスタイルで成立してしまっている曲が今回も多いため、間奏にリードを効果的にかぶせられる曲は絞られてくる。「もっとボーカル上げろ」「ギターが左に寄ってる」「リバーブがちょっと足りない」などなど、普段は音に凝らない私も、さすがに神経質にチェックする。

 チェックしていると、しかし全く違う部分で不満が出てくる。やはりボーカルの録音部分である。録音した当初はいいと思っていても、後で聞き返すとまずい部分が見え隠れする。うわっ、この、オンチ! あっ、こりゃひどい。そういう所は、だいたい例外なく、感情を込めすぎて声がうわずった部分である。私は、歌に関する限り、感情が空回りするタイプの人間らしい。
 ざっと聴いて、あんまりひどい一部のボーカル部分は、仕方ないのでパンチインアウトで直すことにする。『私の小樽』と全く同じ作業で、あんまり進歩していない。ボーカル、以前に比べて少しは精進したつもりなのだが...

 とりあえず全ての曲を一度CDRに落として(デモCDの完成)、いろんな部分をもう一度チェックすることにする。最後の詰めに時間を掛けるのが吉と見た。ただし、別の企画として、日本ラグタイムクラブ(JRC)のオムニバスCD制作も請け負っているため、そんなにノンビリもできない。
 最低でも15日(月)までには完成させるつもりでがんばりたい。

 

・11月7日(日)〜12日(金) 修整、追加、マスタリング、ジャケット制作作業 NEW!!

 さすがの私でも、CD『歌箱』『Japan Ragtime Club CD』二枚の同時制作は、結構ハードスケジュールだった。正直な話、日記を書くヒマもほとんどなかったのだが、とりあえず『歌箱』は12日(金)に完成した。マスタリングなどに関する細かいお話は、してもいいがそんなに面白いとも思えないので割愛したい。ついさっきまでやっていたEQ、エフェクト、コンプ、レベル調整などの作業なんて、今思い返しても身悶えするくらい煩わしいものだ。

 それより、この日記の最後に、多重録音で入れたギター以外の楽器をご紹介したい。

 いつもギター・ソロのアルバムばかり作っているので、「合わせもの」の音入れは数少ないリード演奏の機会。今回も結構楽しんでやらせてもらった。といっても、各楽器は一曲に一つ、合計でも4曲にしか入れていない。かっきりしたアンサンブルとか、バンド演奏みたいな物を想像されると困る。
 イメージとしては、ニック・ドレイクの『ピンク・ムーン』みたいな、最小限のリードに留めたつもりである。

 左の写真は、今回使った「フォーク・ギター」以外の楽器群。左からヤイリのナイロン弦ギター、ヤマハのエレキ・ベース、ロシアのバラライカ、そしてテスコのエレキ・ギター(フルアコ)である。この写真には写っていないがマンドリンも使った。エレキ・ベース以外は、全て父の楽器だったものである。

 特にテスコのフルアコは相当古いモデルで、父が若い頃かなり苦労して手に入れたものらしい。サイドが割れていたり、糸巻きがねじれていたりで、くたびれてはいるが、渋くて甘い、おいしい音が出るギターである(ノイズも多いけど)。私もギタリストの端くれとして、こんなおいしい楽器を弾かない手はない。
 また、エレキ・ベースは数年前、札幌の中古コーナーで買ったものである。別に、何でもヤマハじゃないと気が済まないわけではないのだが、たまたま安くていい買い物があったのだ。

 さて、これにてこの日記も最後。実は、ちゃんと日記に付けたことで、曲の管理や録音への意欲によい影響があったことも事実である。日記とは、結局、自分のために付けるものであることよ。

 これまで、とりとめもないこの日記におつきあいいただき、大変ありがとうございます。
 CD『歌箱』、どうかよろしくお願いします。

→CD紹介のページへ

(完)

 

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