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★ 『浜田隆史・プレイズ・ロベルト・クレメンテ』作品解説

 このアルバムは、私にとって『クライマックス・ラグ』(1998)に次いで二作目のラグタイム・ピアノのギター編曲集です。

 前作は「エンターテナー」「メイプル・リーフ・ラグ」など、どちらかと言えばメジャーなラグタイムの名曲を中心にしたアルバムでしたが、今作は傑作揃いなのに日本での知名度は今一つという、いわばマニアックな曲が多いのです。

 しかし、今回、ブックレットのページ数が限られていたので、ライナーノーツだけでは十分な曲目解説の余裕がありませんでした。そこで、ここに詳細に渡る解説のページを設けました。

 作品をより深く楽しむための参考になれば幸いです。 

 
 目次:

1.ロベルト・クレメンテ Roberto Clemente
2.ウォータールー・ガールズ Waterloo Girls
3.引っ越した女の子 The Girl Who Moved Away
4.パインランド・メモール Pinelands Memoir
5.パラゴン・ラグ Paragon Rag
6.パイナップル・ラグ Pine Apple Rag
7.アラスカン・ラグ The Alaskan Rag
8.ラグタイム・ボボリンク Ragtime Bobolink
9.グレート・スコット・ラグ Great Scott Rag
10.ウエスト・コースト・ブルース West Coast Blues
11.シクズシ Sikuzusi
12.ふくふく・ラグ Fuku Fuku Rag
13.ジャッキー・ラグ Jacky Rag
14.ジャスト・ア・クローサー・ウォーク Just A Closer Walk With Thee

 

◆ 1.ロベルト・クレメンテ Roberto Clemente (1979) (David Thomas Roberts)

 アメリカ大リーグ、ピッツバーグ・パイレーツの名右翼手だったロベルト・クレメンテ(1934-1972)の名をそのまま取った曲で、アメリカ・ミシシッピ州出身の現代作曲家、デビッド・トーマス・ロバーツ(1955- )のラグタイムの中でも最も有名な曲。彼のアルバムでは『Pinelands Memoir And Other Rags』(1983)に初登場し、その後何度か再録音されました。

 クレメンテは、西インド諸島プエルト・リコの出身で、ラテン・アメリカ出身の大リーガーとして先駆的な選手でした。しかし、ニカラグア地震(1972)の救援物資を載せた飛行機が墜落し、それに乗っていた彼は命を落としたのです。優れた選手であっただけでなく人間的にも素晴らしかった彼の死を、多くの人が悼みました。現在、優れた選手に贈られる「ロベルト・クレメンテ賞」の名が日本でもよく知られています。

 彼に捧げられたこのラグタイムは4楽節で、トーマス・ロバーツの詩的な側面と、ラテン・アメリカ世界への憧憬が伺えます。ミディアム・スローで淡々と演奏されるメロディーはバラード調で、訴えかけるような美しさを讃えています。さらに、全編を通しての内声の巧みさは目をみはります。特に第3楽節で聞かれる和音の響きはとてもセンシティブで、ピアノのロマンチシズムをよく引き出していると思います。第4楽節は、クライマックスにふさわしく起伏のある印象深い音型で、音使いの中にやはりビギンなど西インド諸島の音楽の雰囲気を感じます。

 このモダン・ラグタイム屈指の名曲は、ノルウェー出身の名ピアニスト(在りし日のユービー・ブレイクから賛辞をもらったほど)、モートン・ガンナー・ラースン(Morten Gunner Larsen)に取り上げられて、広く一般に知られることになります。

[以上、日本ラグタイムクラブに寄稿した拙文より抜粋して一部加筆。]

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング[EbAbCFCEb]、CAPO無し)は1998年に完成し、実は『クライマックス・ラグ』に入れるつもりで録音もしたのですが、当時は作者と直接連絡が取れず、使用許諾が得られなくて、泣く泣く収録を断念した経緯がありました。
 このたび、無事に作品使用に関してご快諾を頂き、彼の作品をこれを含めて4曲も収録することができて、大変光栄に思っています。

 なお、『クライマックス・ラグ』楽譜解説の原稿でもこの曲について書いていましたので、一部をカットして以下に引用いたします。

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原曲は繊細な曲想を持ち、ベースラインや装飾メロディーが充実しているのだが、ここではかなり簡略化したアレンジになった。

A楽節: このラグの特徴の一つは、歌うメロディーに寄り添うようにコード音が入り、ほとんど絶え間なくメロディーを盛り立てていること。トーマス・ロバーツがしばしば使うやり方で、一緒に歌いたくなるような心憎い効果がある。原曲ではもっと工夫されているが、ギターでも一通りの効果は期待できる。

B楽節: この楽節である程度わかるが、トーマス・ロバーツのラグの大きな特徴は、繰り返し部分を絶対に無駄にしないということ。繰り返しには、常に何らかの工夫がなされている。従来、演奏家の演奏技量に任されていたリピート時の変奏は、彼にとってはむしろ重要な作曲の一部分であり、描かれるのを待っているキャンパスなのである。こういう観点でクラシック・ラグを作る人は少なく、私の知る限りでは、彼以前にはジェリー・ロール・モートンくらいしかいなかった。トーマス・ロバーツの Kreole (1978)、The Pen Pals (1981) などではより明白で、変奏パートがないと曲が成り立たないくらいである。このことは、他のラグタイム曲の演奏においても参考にすべきだろう。

C楽節: 原曲では高音のペダルポイントになる音があり、メロディーは内声として美しく流れるのだが、ここでは苦肉の策で直接メロディーをトップに持ってきた。ベース音の動きも少し平坦になってしまったが、その分原曲よりもストンプを利かせたい。

D楽節: 最後の楽節は、原曲ではクリオール音楽風メロディーを高く持ってきて、堂々と弾かれているが、ギターではここをオクターブ下げているので迫力不足は否めない。その代わり、かなり弾きやすいと思う。全般的に、この曲の演奏上重要なことは、通常の二拍子のラグタイム・リズムの他に、より細分化した三連のリズムを心の中で意識して弾くこと。
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◆ 2.ウォータールー・ガールズ Waterloo Girls (1980) (David Thomas Roberts)

 モートン・ガンナー・ラースンのLP『Echo Of Spring』(1983)に初出、そしてトーマス・ロバーツ自身のLP時代の代表作『Through The Bottomlands』(1984)に登場(その後何度か再録音)した、非常に陽気で快活なラグタイム。
 「Waterloo」を辞書で引くと「ワーテルロー ((ナポレオンが大敗をしたベルギーの村)); (時にw-) (大成功の後の)決定的敗北, 惨敗.」とあるのですが、トーマス・ロバーツはこのタイトルをイリノイ州南部の町から取ったと書いています。

 あくまで彼のシリアスな作曲キャリアから見た場合、比較的軽めの曲という印象があります。しかし、華麗で印象的なメロディー、曲が進行する度に緻密に計算される音の選択、最後のクライマックスに至る全体の構成力、堂々たるピアニスティックな効果など、どこをどう取っても非の打ち所がありません。
 私は、ラグタイム史上の傑作に数えられるべき曲だと思います。

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング、CAPO3)は、2004年に完成。以前からギターで弾きたかった曲だったので、アレンジができたときはうれしくて仕方ありませんでした。ピアノ原曲ではC楽節と間奏、さらに最後のB楽節に至る流れが非常にドラマチックで、ギターではそのピアニスティックな効果を全て表現するのはどうにも困難なのですが、少しでもその感動を生かそうと、あの「クライマックス・ラグ」と同じく、多少無理してギター音域の限界まで使っています。

 「ロベルト・クレメンテ」の叙情性と、それと180度異なる陽気な魅力を感じさせるこの曲。
 トーマス・ロバーツによるラグタイムの多彩な魅力を感じていただきたいと思います。

 

◆ 3.引っ越した女の子 The Girl Who Moved Away (1981-82) (David Thomas Roberts)

 LP時代ではなぜか発表されませんでしたが、後になってCD『15 Ragtime Composition』(1993)などに収録された、トーマス・ロバーツの隠れた佳曲。彼がよく取り上げているジャンル、「フォーク・ラグ folk rag」(アメリカ中西部や南部によく見られたラグタイムの総称)の要素がよく出ている、上品でロマンチックな曲です。

 多少地味ながら、切ないタイトルも含め、以前から私のお気に入りの曲でした。トーマス・ロバーツのラグタイムは他にも傑作が多いのですが、ギター編曲にあえてこの曲を選んだのは、単に好みの問題かも知れません。ただ、ギターは基本的にロマン派音楽に最もフィットする楽器ではないかと思いますので、そういう相性も充分あると思います。

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング、CAPO1)は、2002年に完成。原曲は、ミディアム・スローテンポの中に、起伏溢れるメロディーが淡々と流れていくのですが、意外に装飾音が細かいので、ギター・アレンジではその点に気を配りました(特にB、C楽節)。その甲斐あって、自分としてはまあまあ違和感無くギターに合わせることができたと思っています。

 しかし、最近はあまりこまめにタブ譜を付けていないので、この曲は何と、一度指使いを完全に忘れてしまっていました。そこで今回の収録に合わせ、過去のライブ音源を参考にして、死ぬ気で思い出しました。もしこのライブを録音していなければ、永久に忘れたままだったかも知れません。やはり記録は大切だと改めて認識しました。

 

◆ 4.パインランド・メモール Pinelands Memoir (1978) (David Thomas Roberts)

 トーマス・ロバーツの初期の代表作で、同名のLP(1983)で初出。以降、何度も再録音されている傑作です。ちなみにタイトルは、ミシシッピ州の Piney Woods 地区から取られているそうです。
 作者自身の解説ではフォーク・ラグ、賛美歌、そしてカントリー音楽のエッセンスがあるとのことですが、まず何より南米音楽を感じさせる曲想が、一聴して非常に独創的であることは明らかです。楽節毎に転調したり、左手の扱いに様々な工夫が凝らされていたり、変奏の仕方が徐々に劇的に変わっていったりと、その構成力もまさに芸術的です。

 この曲には、純然たる古き良きラグタイムとは全く違う、何かマジカルな魅力を感じます。型通りの作品で良しとされがちな、現代においては半ば硬直化してしまったラグタイムの伝統に対し、このように作曲の最初期から自由な作風を確立していたトーマス・ロバーツの才能は、その枠をすでに飛び越えていました。彼が後(1995年)に、仲間と共に新しい音楽名称として「テラ・ベルデ Terra Verde」という語を提唱したのも、こうした作曲を聴けば実に自然な事だと思います。

 私は、早くも1990年に、DADF#BE/カポ:2という設定で一度この曲をアレンジしています。しかしその出来は満足行くものではなかったため、オタルナイ・チューニング(CAPO2)で2001年に一からやり直したバージョンが、このアレンジの元になっています。ただし、その時は、一番最後のコーダの部分が非常に難しくなってしまい、ライブでは一部カットして演奏していました。
 このCDでは、そのコーダ部分をきっちり整理し直して、何とか原曲の小節構成をほぼ維持することができました。ただし、コーダに入る直前直後のブルーノートが入る部分だけ、どういうわけかアレンジしそびれてしまいました。この部分をカットしたことに深い思慮はありません。念のため。

 原曲の多彩なベースの工夫など、ギターでは実現不可能な箇所がいくつも出てしまいましたが、逆にギターならではのテクニックであるブラッシングや微妙なビブラートなどで、ピアノとはひと味違ったグルーブ感を表現したつもりです。
 その成否は、どうぞ皆さんの耳で判断して下さい。

 

◆ 5.パラゴン・ラグ Paragon Rag (1909) (Scott Joplin)

 私が一番最初にジョプリンの音楽に触れたのは、高校3年(1982)の時です。NHKの何かの番組で、ジョプリンの曲が紹介されたのを見て、レコードを探しました。しかし当時、1971年から始まったラグタイム・ブームはすでに凋落の傾向にあり、地元の小樽もそれほど大きいレコード店がないので、取り寄せになってしまいました。そうして手に入れたのが、LP『ピアニスティック・ラグ/James Levine』(1977-1982、RVC / RCA RCL-8339)でした。このレコードは、今も私の大切な宝物です。

 レバインは、指揮者として有名な人ですが、そういうイメージに反してこのレコードは、実に楽しくスイングした演奏でした。理屈抜きで楽しめる音楽です。初めてのラグタイム体験がこのレコードで良かった、ラッキーだったと、後で身にしみることになります。そして、そのレコードの一番最初の曲が、このパラゴン・ラグだったのです。paragon とは英語で「模範」とか「逸品」などの意味を持ちますが、耳慣れない英語です。当時は「なんか怪獣みたいな名前だな」と思ったりしました(そりゃバラゴンだ)。とにかく、この曲は私が一番最初に接したジョプリン・ラグとして、特に思い入れのある曲です。

 Richard Zimmerman などの研究家は、この曲を(珍しいパターンの第三楽節を除けば)比較的ジョプリンの初期の作風を持つととらえています。なるほど、メロディーの良さはもちろんですが、リフレインの多い単純な初期型の構成にも、親しみやすい要因があるのかも知れません。

 それに比べて、第三楽節は、ジョプリンのラグタイム作品としては特別な工夫がされています。オルタネイト・ベースではなく和音のみの(モノトニック的)ベースが使われているのです。ブラスバンド風に、曲を盛り上げていく効果があります。この音型が、のちのオペラ Treemonisha(1911)のテーマ部分に出てくることを考えると、ジョプリンは早くからオーケストラ的な発想を曲に取り入れていたことがわかります。しかも、トリオ部分にのみそれを導入して、単純なラグに自然な変化を与えているのが、ジョプリンの天才的なセンスだと私は考えます。

[以上、日本ラグタイムクラブに寄稿した拙文より抜粋。]

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング、CAPO無し)は、1999年(『クライマックス・ラグ』のすぐ後)に完成。オタルナイ・チューニングが最も得意とするAb−Db調でアレンジしましたが、実は原曲はG−C調です。私は、なるべくなら原曲の調は変えずにアレンジすることを理想としているのですが、この曲はやむを得ず移調しました。

 これは、弾くのがかなり手強い曲でした。ある意味、「クライマックス・ラグ」の編曲版より難しいと思われます。ところが、何と無謀にも『ライブ・ラギング』(2001)にライブ・バージョンを収録しています。そこでは十分弾き切れているとは言えない状態ですが、まわりの声援に勇気づけられてどんどん調子に乗っていったのが自分でもよくわかり、このライブ・バージョンも実は気に入っています。

 さすがにあれから自分なりに精進して、さらにほんの何ヶ所か簡略化したおかげで、新しいCDでは何とかリラックスして鑑賞に堪えうる演奏ができたと思います。

 

◆ 6.パイナップル・ラグ Pine Apple Rag (1908) (Scott Joplin)

 音楽には人それぞれ好みというものがあるため、一概には言えないのですが、もしラグタイム王スコット・ジョプリンの「最高傑作」を、「メイプル・リーフ・ラグ」以外でどれか一曲選ぶとしたら、私はこの曲を少なくとも候補の上位に挙げることでしょう。それほど優れている曲であり、ジョプリンの才能の完成形の一つといって良いと思います。
 ラグタイム・ファンにはおなじみの有名な映画「スティング」でも使われましたし、最近も、軽自動車のCMのテーマにA〜B楽節が使われたため、かなりの人が聴いたことのある曲ではないかと思います。

 特にそのB楽節は、ラグの持つシンコペーションの魅力がとてもわかりやすく、最大限に引き出されている、ラグタイムのお手本のような楽節です。これは、そもそも同じジョプリンの「グラジオラス・ラグ」(1907)D楽節のリズムの発展形らしいのですが、より明快で高揚感のあるフレーズが絶品です。あまりにこのパートが印象的だったのか、ジョプリンを尊敬する作曲家のジェームズ・スコットは「ヒラリティー・ラグ」(1910)、「パラマウント・ラグ」(1917)のD楽節など、折に触れてこの音型を拝借しています。

 転調してC楽節に移ってからは、一転してメランコリックに雰囲気を変え、さらに今までの流れをD楽節で見事に解決するなど、その変化に富んだ隙のない構成に、ジョプリンの豊かな才気を感じます。ベースの音型が初期のラグより自由になっているあたりも特筆すべきです。ジョプリンのラグタイムに駄作がなくマンネリズムに陥らないのは、こうした細かい変化を曲によって巧みに取り入れているからなのかも知れません。

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング、CAPO2)は1998年に完成。『クライマックス・ラグ』の録音にも収録しましたが、多少急いて弾いていたのと、時間の関係もあって選曲から漏れました。「ロベルト・クレメンテ」と同じく、この曲も『クライマックス・ラグ』楽譜解説用の原稿を執筆していましたので、一部をカットして以下に引用いたします。

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ギターではGiovanni de Chiaro, Duck Baker, そして Ton Van Bergeyk などの録音がある。

A楽節: これと、続くB楽節は、軽快なラグタイム。ところどころ左手のポジション・チェンジが忙しいのと、5小節目の大セーハに注意する以外は、特に演奏上難しいところはない。

B楽節: 1〜2小節目の内声(ここでは3弦で鳴らしている音)は、厳密に言えば合っていない。ここも演奏上避けることができない、いわゆる「ごまかし」のテクニックである。しかし、何となく感じはいい。ここの演奏も意外と簡単なので、歯切れよくプレイしたいところ。

C楽節: 原曲は、革新的な左手の動きが優雅な演出をしている、まさに完璧な楽節で、ここが音楽的なハイライトである。しかしギターでは、残念ながらその全てを置き換えることはできないし、やったとしても妙に忙しいだけだと判断した。代わりに、全般的にオルタネイティング・ベースを使ったストレートなアレンジにした。失った代償は大きいので、せめてリズム・キープはきちんとしたい。

D楽節: 1〜4小節目の、エネルギーを貯めるような低音進行が第一のポイント。ここまで演奏して疲れた左手に、鞭を打つかのようなセーハが要求される。その後、5〜8小節目のオルタネイティング・ベースで一気にグルーブさせるのが第二のポイントで、この明白な対比を意図的に出したい。
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◆ 7.アラスカン・ラグ The Alaskan Rag (1959) (Joseph F. Lamb)

 ラグタイム研究の基本文献、『They All Played Ragtime』(Rudi Blesh, Harriet Janis の共著)の第三版(1966)に収録された、芸術的なラグタイム。「Cottontail Rag」(1964, 死後出版)とともに、ジョセフ・ラムの最高傑作との呼び声も高い名曲です。

 クラシック・ラグタイムの三巨頭の一人、Joseph F. Lamb (1887-1960) については、日本ラグタイムクラブのホームページの各所に解説を書いていますので、以下のページもご参考にして下さい。
http://home.att.ne.jp/star/ragtime/list/l.htm#001
http://home.att.ne.jp/star/ragtime/ar005.htm

 通常のラグタイムのリズムや音型を使わず、弱起や厳選された分散和音を多用するA楽節は、ラムの真骨頂とも言うべきバラード風の切ないメロディーを湛えています。その美しさはもちろん特筆すべきですが、オルタネイティング・ベースが出てこないのに、ラグタイムのシンコペーションの魅力は少しも損なわれていないという、不思議な魅力に溢れています。
 B楽節で雰囲気が変わってラグのマーチ・リズムが出てきますが、その響きは華やかでありながら深く、リフレインを使って情感の高まりを劇的に表現しています。

 C、D楽節でも、実に豊かで起伏に富んだフレーズが続きます。ピアノならではのロマンチシズムの表現力を思う存分生かした、非常に優雅な音楽です。そのセンシティブな音使い、穏やかで上品なメロディー、しかし単にそういう表面的な評価では十分ではないようにも思います。ラムの最晩年の作であることを考えても、曲全体を通じて感じられる安らぎや追憶のような雰囲気に、長い人生をやり遂げたという一種の達観を見るのは私だけではないでしょう。

 ラグタイムという基本的には陽気な音楽のジャンルで、ここまで深い精神性を表した曲は、古今東西そう多くはないでしょう。この曲をはじめとしたラムの叙情的なラグへの高い評価は、すなわちラグタイムの芸術音楽としての評価にも繋がり、大変望ましいことだと思います。

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング、CAPO無し)は、2002年に完成。ラグタイム・ギターの偉大なパイオニアである Dave Laibman のアレンジは大変な力作で、おそらく相当の演奏技術を必要とするものだと思いますが、私は上に書いたようにこの曲の叙情的な安らぎ感を表現したかったので、D楽節の繰り返し部分(オクターブ上げた箇所)を除いて、比較的簡単なアレンジにしました。

 

◆ 8.ラグタイム・ボボリンク Ragtime Bobolink (1964, 死後出版) (Joseph F. Lamb)

 ラムの死後出版された13曲入りの楽譜集『Ragtime Treasures』(1964)に収録。おそらく多くの人が初めて聴く曲ではないかと思います。というのも、この楽譜は残念ながらすでに絶版となっていて、一部のマニア以外にはあまり知られていないのです。前の曲の解説で紹介したURLをたどれば、その辺の事情も少し書いていますので、興味のある方はご一読下さい。

 『Ragtime Treasures』は、どの曲も傑作揃いの優れた楽譜で、まさにラグタイムの光り輝く宝玉のような味わいを持っています。私は、前の曲も含め、少しでも多くの人に知っていただきたいと思い、ラムの後期作品の著作権を持つパトリシア・ラム・コンさん(ラムの娘さん)に作品の使用許諾を頂きました。

 ここで取り上げた「ラグタイム・ボボリンク」(ボボリンクは「コメクイドリ」という北米産の鳥のこと)も実にラムらしい、センスに溢れた佳曲です。
 A楽節はまるでクラシックの曲を思わせる雰囲気があります(ピアニストのMilton Keyeは、この曲を秀逸な解釈で発展させて演奏しています)。アルペジオや装飾音も印象的。
 A楽節がメジャー・キーなのに、B楽節でマイナーに転調するという曲構成は、意外にもラムにしては珍しいことで、他にはほとんど例がありません。これは、むしろジョプリンのラグに多い特徴です。例えば「The Favorite」(1904)、「Scott Joplin's New Rag」(1912)、「Magnetic Rag」(1914)「Silver Swan Rag」(1914)など。

 C楽節は、落ち着いた趣のあるパート。演奏家の表現力の見せ所だと思います。ここまでシリアスに進行してきて、最後のD楽節でオチを付けるところも気が利いています。どことなくアービング・バーリンの有名なラグタイム・ソング「アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド」(1911)の軽いパロディーに感じるのです。
 実は、この曲はそもそもバーリンがジョプリンの「トゥリーモニシャ」(1911)のアイデアを盗んで作ったものではないか、という疑惑があり(日本ラグタイムクラブのウェブサイト掲載のジョプリンの伝記に経緯が書いてあります)、ひょっとしたら、その話を信じたラムが、この「逆パロディー」によりジョプリンの敵討ちをした、という風にも取れるのです。私の考えすぎかも知れませんが、もしこれが本当なら、けっこう痛快なことだと思います。

 私のギター編曲版(CGDGBE、CAPO無し)は1998年に完成。チューニングがオタルナイではなかったため、短期に集中して録音した『クライマックス・ラグ』では出番がなく(それ以前に著作権の壁がありました)、今回やっと日の目を見ることになりました。

 

◆ 9.グレート・スコット・ラグ Great Scott Rag (1909) (James Scott)

 『クライマックス・ラグ』のタイトル曲などでおなじみ、ラグタイム三巨頭の一人、ジェームズ・スコットの曲です。
 ジョプリンとスコット、二人の「スコット」と掛けているようなタイトル通り、スコットがジョプリンへのオマージュとして作ったらしく、ところどころジョプリンを意識したようなフレーズも出てきます。
 スコットの初めてのラグ「夏のそよ風」(1903)あたりは、かなり強くジョプリンの影響下にあるという印象が拭えませんでした。しかし、さすがにこの作品ではすでに彼らしい個性が確立されていて、非常に生き生きとしたラグになっています。

 A楽節は、小節をまたいだ上昇音型が洒落ています。終わり方はスコットの三楽節ラグでおなじみのパターンで、ルートではなくドミナントで終わり、次のB楽節に続きます。
 B楽節は明らかにジョプリンの「メイプル・リーフ・ラグ」B楽節の焼き直し的なパートですが、当のスコットもどうやらそれをわかっているらしく、彼お得意のコール・アンド・レスポンスが3回も繰り返されていて、茶目っ気たっぷりなところがステキです。こういう遊びを大胆に配置する発想は、意外にも他の作曲家にはなかなか見られないものです。これは、スコットの余裕のあるピアノ演奏技能から生まれているようにも感じられます。

 C楽節は、スコットの「オン・ザ・パイク」(1904)などにも見られる左手と右手のコンビネーション、そして意外にもラグタイム・ブルースの特徴でもある循環コードがさりげないアクセントになっています。最後のB’楽節はC楽節と同じ調に移調して繰り返されています。スコットに多い「(本当は三楽節なのに)疑似四楽節ラグ」です。ピアノ原曲ではここはかなり高い音を鳴らすことになり、こういうピアニスティックな効果も彼の特長と言えるでしょう。
 全体を通して、スコットの典型的な三楽節ラグの魅力に溢れている、ユーモラスな曲と言えます。

 私のギター編曲版(オタルナイ・チューニング、CAPO無し)は、1997年に完成。「エンターテナー」、「キンクレッツ」に次いで、私が最も早くからオタルナイ・チューニングでアレンジしていたラグでしたが、当時はB楽節が難しかったのでどうにも弾ききれず、『クライマックス・ラグ』では録音候補にも上りませんでした。この新しいアルバムでは、その点に改良と簡略化を施して、自分が楽しく弾けるように心がけました。
 なお、この曲も「パラゴン・ラグ」のアレンジと同じく、原曲がG調で始まる所をAb調でアレンジしています。

 

◆ 10.ウエスト・コースト・ブルース West Coast Blues (1926) (Arthur "Blind" Blake)

 ラグタイムの歴史上、弦楽器によるラグタイムは、ピアノに負けないほどの歴史があるのです。むしろ、弦楽器(特にバンジョー)はラグタイムのシンコペーション形成における重要なファクターだったのではないか、とも私は思います。
 今までピアノ・ラグの名曲・傑作が続いてきましたが、そんなわけでここではギター・ラグの大名曲をお届けします。ラグタイム・ブルースのキングとして多くのブルースマンやギタリストたちに多大な影響を与えたブラインド・ブレイク Arthur "Blind" Blake(1895?-1932)が1926年に録音した、非常にダンサブルなギター・ソロです。

 当ページの『ラグタイム名曲紀行(ギター編)』にも解説が書かれています。

 原曲は、彼の典型的なスタイルとも言えるスタンブル・ベースが効果的に使用されていて、ピアノ・サウンドとも言われた彼の驚異的なリズム感覚が絶え間なく、見事に表現されています。ギターでこの絶妙なリズムを生み出すことができたギタリストは、古今東西、おそらく彼だけではないでしょうか。
 しかもこの曲は、彼にとっては歌の伴奏にも等しいくらいに演奏しやすいものであったらしく、弾きながら余裕しゃくしゃくでナレーションを語っていたりするのです! リフレインの多い曲とはいえ、人間業ではありません。

 この曲は、ブレイクの曲の中でも「ポリス・ドッグ・ブルース」などと共に多くの人に取り上げられています(レベレンド・ゲイリー・デイビス、ジョン・フェイヒイ、ステファン・グロスマン etc.)。私もそういう流れに乗って、自分なりに弾いてみようと思いました。

 原曲はもちろんスタンダード・チューニングなのですが、私はこの曲を自分にとって弾き慣れたオタルナイ・チューニング、4CAPOという設定でアレンジしました。かろうじて似ているのはテーマとサビだけで、ほとんどオリジナルの展開になっています(完コピではまるで勝負にならない!)。ベースの撥弦も、スタンブルのようなアポヤンドではなく、アルレイレの弾き方です。なお、途中のパートでは、同時代に活躍していたジェリー・ロール・モートン風のインプロを取り入れています。
 この曲をオタルナイのようにオープン・チューニングで演奏した人は、あまりいないのではないかと思います。その意味では一聴の価値有りです。

 

◆ 11.シクズシ Sikuzusi (2004) (浜田隆史)

 タイトルの「シクズシ」は、北海道小樽市祝津のアイヌ語地名で、私は「si-kut-ous 大きな・崖・のふもと」という語源解をしています(詳しくは「私のアイヌ語地名解」参照)。祝津は小樽水族館や有名なニシン御殿のある場所で、春から秋にかけて多くの観光客が訪れます。

 私は2002-03年に、地元の赤岩〜山中海岸の印象を綴った『赤岩組曲』を作りましたが、祝津もその近くですから、ほとんど『赤岩組曲』の姉妹編というか続編のような感じで作りました。

 この曲(オタルナイ・チューニング、CAPO2)はラグタイムではありません。やはり夏のイメージで、ラテンぽい曲になりました。作った後から考えると、フランク・フレンチの「Womba Bomba」(テラ・ベルデ風の明るい曲)に影響を受けています。なお、私がハバネラのリズムを使った曲としては、他に「フレチ」(『赤岩組曲』収録)、「ピカタ」(オムニバスの『Acoustic Guitar / Solo』収録)があります。
 2004年の限定公開ビデオ・ファイルには、このシクズシを小樽運河で弾いている私が写っていました(写真)。

 このアルバムは、正統派のクラシック・ラグが大部分なので、前の曲とこの曲で少し雰囲気を変えるような意図もありました。ラテンとラグタイムの関係について掘り下げると、まだまだ未発見の楽しみが待っていると思いますので、私もこれからどんどん探求していきたいと思います。

 

◆ 12.ふくふく・ラグ Fuku Fuku Rag (2003) (浜田隆史)

 北海道小樽市に2002年開店し、とある事情のため2003年に閉店した「ふくふく」というカレー店に捧げたラグタイム。

 ふくふくは、東京で長年お店をやってこられた小樽出身の方が、地元に戻って開いたお店で、私はここの角煮カレーが大好きでした。値段も非常に良心的で、当時お客はまばらだったものの、長く続いていれば大人気間違い無しのお店だったと思います。
 しかしあまりにも突然の閉店で、私はマスターに挨拶すらできなかったのです。やむを得なかったとはいえ、このお店の閉店が私は残念でたまらなくて、運命の無常をまたも感じ、その思いのたけをこの曲に凝縮したつもりです。

 全体としてほぼオーソドックスな4楽節ラグですが、せめて曲想は少しでもハッピーにという考えが働いたのか、AやC楽節のテーマにはトリオ・マタモロスのアルバムで覚えたキューバのリズムが意識されています。このリズム音型は、実は「サボイア・ラグ」(日本ラグタイムクラブのオムニバス盤収録)のA楽節でも聞くことができます。
 これは一つの例ですが、ベースとなる二拍子のマーチ・リズムに対して、メロディーが内包するリズムをどう選ぶか、もしくは合いの手で入るフレーズをどう工夫するかなど、ラグタイムのリズム構成を変える選択肢はまだまだたくさんあると思います。

 一方、D楽節は間奏的なパートで、少しせわしなかった曲の流れを叙情的に締めるように心がけました。こういう曲構成は、今にして思えば私の「ワッカ・トゥイトゥイ」(カセット『ラグタイム・シサム』収録)や、「レオズ・ラグ」(『ラグタイム・ギター』収録)などと共通する所があります。

 この曲はライブでもよく弾いている曲(オタルナイ・チューニング、CAPO1)で、最近のクラシック・ラグ風オリジナル曲の中では気に入っています。とはいえ、閉店したお店への「レクイエム」というのは、頻繁に出来ては困ります。できればこれっきりにしたいものです。

 

◆ 13.ジャッキー・ラグ Jacky Rag (1997) (浜田隆史)

 札幌のスープカレー店(以前は喫茶店)、ジャック・イン・ザ・ボックスに捧げられた三部作のうち、二作目のラグタイムです。ちなみに第一作目は「ハンバーグ・ランチ・ラグ」(1987、『ラグタイム・ギター』『ライブ・ラギング2』収録)、第三作目は「スープ・カレー」(1998-99、『クライマックス・ラグ』収録)でした。18年掛かってやっと三作そろったという事で、私にとって感慨深いものがあります。
 なおジャッキーは、昔このお店の前で飼われていた犬の名前(すでに他界)。私は、学生時代にお店にお世話になったことを思い出しながら作りました。

 この曲は、オタルナイ・チューニングがまだ自分にとってそれほど定着していない、選択肢の一つだった頃に作られた、スタンダード・ベースの曲です(CGDGBE、CAPO無し)。またこの曲は、私の数あるオリジナル曲の中でもおそらく一二を争うほどの難易度を誇り、正直に言って一生勢いで弾かないといけない部分があるようです。
 ただし、曲の構成そのものは複雑でなく、むしろカントリーやオールド・ジャズ(特にルー・ワッターズ・ヤバ・ブエナ・ジャズ・バンドを念頭に置いています)を快速にしたような、比較的オーソドックスなものです。

 A楽節は、音楽的には全くなんでもない曲想(多分「レナウン」のCMソングなどからも影響を受けてます)なのですが、実際のベース処理はものすごくせわしない上にコード・フォームがきつくて、むしろ特殊奏法の範疇に達しつつあります。B楽節は、ブレイクを二種類ほど用意してアクセントにしていますが、こういうアイデアはやはりジャズ・バンドの影響だと思います。
 C−D楽節は、我ながら良くできたと思っています。特にDは、後の「蘭島」(『クライマックス・ラグ』収録)にも通じる、繰り返し部分に変奏を加えたエキサイティングな楽節です。

 何回かライブでも弾いたことがあり、ごく一部の方からCD化を希望されていました。ここに念願叶ったことで少し胸をなで下ろしていますが、次はライブでリクエストされるのではないかと思い、戦々恐々としています(?)。

 

◆ 14.ジャスト・ア・クローサー・ウォーク Just A Closer Walk With Thee (Trad.)

 ゴスペルの名曲で、私が一番最初にこの曲を知ったのは大学生の頃。FMラジオでトラディショナル・ジャズの番組をよく録音していたのですが、その中で名クラリネット奏者ジョージ・ルイスのバージョンを聴いたのでした。陽気な雰囲気の中にもの悲しさも漂わせた名演(歌入り)で、何とも言えない深い味わいがあり、私はキリスト教徒でもないのに、この曲をいつも心の中で思い出していました。
 その後、社会人になってから、この曲の入ったLP『Jazz at Vespers / George Lewis and his Ragtime Band』(1954)を手に入れました。このレコードはゴスペル曲集で、トラディショナル・ジャズの大名盤です。

 しかし、私がこの曲をアレンジすることになった直接のきっかけは、2003年に行われた打田十紀夫さんとのジョイント・ライブでした。実は打田さんも『Acoustic Delights』(2002)でこの曲を演奏していたので(アレンジはステファン・グロスマン)、打田さんとの共演曲として私も演奏しました。スタンダード・チューニングの打田さんと共演ということで、オタルナイ・チューニングのAb調では都合が悪く、私はCAPO1でA調にして弾きました(この設定は今でもそのままです)。
 このライブの後、私はこの曲をソロでもよく演奏するようになり、今では十八番になってしまいました。私のレパートリーは、クラシック・ラグが基本という事もあり、ギターの限界に挑戦するようなヘビーな曲が比較的多いのですが、この曲は弾いていて簡単だし、難易度は別にしても、とても安らぎを感じるのです。

 テーマ演奏の後は、ここ数年ですっかりはまってしまったインプロ(即興)演奏を交えています。「ラグタイムは即興のない音楽だった」という定説は、演奏家の立場で考えればちょっとナンセンスな話です。気持ちよかったら、指と心に余裕があったら、どんな音楽だってどんどん即興するのが自然なのです。
 もっと長く延々と弾くこともできたのですが、最後に「皆様のご多幸をお祈りいたします」という気持ちで、普通に終わらせました。

 このアルバムを締めくくる曲としても、良い選曲だったと自負しています。

 

 

 

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